・・・たとえば刑務所と工場の仕事場では音楽に交じる金鎚の音が繰り返され、両方の食堂では食器の触れ合うような音の簡単な旋律が繰り返される。クライマックスの狂風の場面の物をかきむしるような伴奏もはなはだ特異なもので画面の効果を十二分に強調する効果があ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・屑のような論文が百も出るうちには一つくらいは少しはろくなものも交じる確率があり、万人の研究者の中には半人くらいは世界的の学者を出すプロバビリティーがあるかも知れない。それで、何かしら一つ仕事をすれば学位が必ずとれるとなれば志望者も自ずから増・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ いっそのこと、全部間違いばかりと事がらがきまればかえって楽であるが、困ったことには時にほんとうなことが交じるので全部捨てるわけにゆかないから始末が悪いのである。 われわれの目も時々われわれをだますが、いつもだますと限らないで、時々・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・一犬は虚をほえなくても残る万犬の中にはうそ八百をほえるようなのもたくさんに交じるのであるが、それがみんな実として伝えられるのである。ジャーナリズムの指はミダスの指のように触れる限りのものを金に化することもあり、反対に金もダイアモンドもことご・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・例えば李白の詩を見ても、一つの長詩の中に七言が続く中に五言が交じり、どうかすると、六言八言九言の交じることもある。四言詩の中に五言六言の句の混入することもあるのである。 中央アジア東トルキスタン辺の歌謡を見ると勿論色々な型式があるが、中・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・新たに響く厨子王の泣き声が、ややかすかになった姉の声に交じる。三郎は火を棄てて、初め二人をこの広間へ連れて来たときのように、また二人の手をつかまえる。そして一座を見渡したのち、広い母屋を廻って、二人を三段の階の所まで引き出し、凍った土の上に・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華やかに装った富豪の妻や娘もそれに混じるであろう。公共の任務のために忙しく自動車を駆るものは致し方がないが、私利をはかるために、またはホテルで踊るために、自動車を駆るものに対しては、父は何を感ずるであろう・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫