・・・身体を温めて麦酒を飲んだ。混合酒を作っているのを見ている。種々な酒を一つの器へ入れて蓋をして振っている。はじめは振っているがしまいには器に振られているような恰好をする。洋盃へついで果物をあしらい盆にのせる。その正確な敏捷さは見ていておもしろ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・七分三分、あるいは六分四分に米麦を混合して常食としている農民は、平常から栄養摂取を十分にやっているわけだが、一年中食うだけの麦を持っている者も、組合から配給される平麦を買って、持っている麦があまるならそれは玄麦で売れというのである。誰れにも・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 耳朶のちぎれかけた男も、踵をそがれた男も、腰に弾丸のはまった男も、上膊骨を折った男も、それ/″\、憐れみと、懇願の混合した眼ざしを持って弱々しげに這入ったきた。内地へ帰りたい慾求は誰れにも強かった。「どいつも、こいつも、病気を誇張・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・然らば何故にそが十二宮なり二十八宿なりにて劃一せられずして、却て相混合せるものを擧げしか。これ陰陽思想によりて占星家の手に成りしものなるを考へしむる也。その理は十二宮は太陽運行に基き、二十八宿は太陰の運行に基きしものなれば、陽の初なる東とそ・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・白い襟首、黒い髪、鶯茶のリボン、白魚のようなきれいな指、宝石入りの金の指輪――乗客が混合っているのとガラス越しになっているのとを都合のよいことにして、かれは心ゆくまでその美しい姿に魂を打ち込んでしまった。 水道橋、飯田町、乗客はいよいよ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・何の関係もない色々の工場で製造された種々の物品がさまざまの道を通ってある家の紙屑籠で一度集合した後に、また他の家から来た屑と混合して製紙場の槽から流れ出すまでの径路に、どれほどの複雑な世相が纏綿していたか、こう一枚の浅草紙になってしまった今・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・たとえばわれわれの世界では桶の底に入れた一升の米の上層に一升の小豆を入れて、それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには、だいたい同じような割合に交じり合うのであるが、この状況を写した映画のフィルムを逆転する場合には、・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・また南洋の言語中には従来の言語学者の説のごとく世界じゅうの言語が混合しているとすれば逆に遠い外国の意外のへんにも同じ要素が認められはしないかという疑いが起こる。それで試みに同型の疑いのある火山名を次ページの表に列挙して将来の参考に供しておき・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・また構造物の模型実験が従来はいわゆる力学的相似にかまわず行われているのに飽き足らず、この点について合理的な模型を作る方法を考案し、その一例としてパラフィンの混合物で二階建日本家屋の模型を作りその振動を験測したりした。これから進んで実際の家を・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・それが無意識な軽微の慢性的郷愁と混合して一種特別な眠けとなって額をおさえつけるのであった。この眠けを追い払うためには実際この一杯のコーヒーが自分にはむしろはなはだ必要であったのである。三時か四時ごろのカフェーにはまだ吸血鬼の粉黛の香もなく森・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫