・・・ 私は、それ以来、人間はこの現実の世界と、それから、もうひとつの睡眠の中の夢の世界と、二つの世界に於いて生活しているものであって、この二つの生活の体験の錯雑し、混迷しているところに、謂わば全人生とでもいったものがあるのではあるまいか、と・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・という言葉が用いられはじめて、プロレタリア文学運動の組織が破壊されたのちの日本の文化・文学が見出したものは、全面的な混迷と貧血とであった。「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」は総括的にこの時期を展望している。プロレタリア文学運動の組・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ そして、そういう現代の女性の比較的表現されていない気持は、後輩や娘たちが当事者として、異性との間に友情と恋愛の感情の区別をはっきり自覚しないでいろいろ混迷しているとおり、やはり事態に対して何となし判断の混乱におかれている場合がすくなく・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 親類でもなく、師でも友でも無い、尊敬する一人の学者としてのみ間接に、間接に知っている人の死に対して、それ程直接に、純粋に、驚愕と混迷とを感じたのは何故だろう。 考えの中に浮び上ったのは、第一、その博士夫人に対する自分の感情的立場で・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・づく略十年間、一九三三年頃まで文学の主潮はプロレタリア文学にあり、日本の歴史のふくむ複雑な数多の原因によってこの潮流の方向が変えられると共に、文学は、その背景である社会一般の生活感情にあらわれた一種の混迷とともに画期的な沈滞と無気力に陥った・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・時代の知性の特色は帰趨を失った知識人の不安であるとされ、不安を語らざる文学、混迷と否定と懐疑の色を漉して現実を見ない文学は、時代の精神に鈍感な馬鹿者か公式主義者の文学という風になった。そして、この不安の文学の主唱者たちは、不安をその解決の方・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・あったとしても、過去の云うところの教養を身につけていない新鮮さを寧ろ文学の世代としてのよりどころとして発足しようとしていた若い作家たちにとって、退陣の形としてあらわれた過去の教養の尊重の流行は、多くの混迷をわきおこした。そして、現実の文壇処・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・一九二一年の新経済政策当時に、観念的な革命作家たちが陥った混迷に似たようなものに捕えられているのではないかと思われる。これはどういう理由からなのであろう。旅行記の中には説明されていない。只そうらしく推察される暗示的な数行があり、その数行は、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 評論のそういう努力の方向にかかわらず、そこにも困難と混迷の時代的な色がある。例えば作家研究を飽く迄文学の中で行おうとする正常な意企をもつ評論家が作家のタイプに関心をひかれて、タイプの共通にかかわらずそこに模する本質的なものについて余り・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・ 不安の文学という声は、先ずそれを唱える人々が、その不安を追究する方法をもっていないことで忽ち深い混迷に陥った。社会と文学との感覚で不安は感じられているのだが、不安の彼方に何を求めて、どう不安を克服しようとしているのかと云われると、その・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫