・・・それはこの庭の静寂に、何か日本とは思われない、不可思議な魅力を添えるようだった。 オルガンティノは寂しそうに、砂の赤い小径を歩きながら、ぼんやり追憶に耽っていた。羅馬の大本山、リスポアの港、羅面琴の音、巴旦杏の味、「御主、わがアニマの鏡・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ご家蔵の諸宝もこの後は、一段と光彩を添えることでしょう」 しかし王氏はこの言葉を聞いても、やはり顔の憂色が、ますます深くなるばかりです。 その時もし廉州先生が、遅れ馳せにでも来なかったなら、我々はさらに気まずい思いをさせられたに違い・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・と、いつもよりも快活に云い添えるのです。新蔵はこの意外な吉報を聞くと同時に、喜びとも悲しみとも名状し難い、不思議な感動に蕩揺されて、思わず涙を頬に落すと、そのまま眼をとざしてしまいました。それが看護をしていた三人には、また失神したとでも思わ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・と後棒が言を添える。「いかな日にも、はあ、真夏の炎天にも、この森で一度雨の降らぬ事はねえのでの。」清水の雫かつ迫り、藍縞の袷の袖も、森林の陰に墨染して、襟はおのずから寒かった。――「加州家の御先祖が、今の武生の城にござらしった時から、斧入れ・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 腹の奥底に燃えて居った不平が、吾れ知らず気に風を添えるから、意外に云い過した。余りに無遠慮な予の詞に、岡村は呆気にとられたらしい。黙って予の顔を見て居る。予も聊かきまりが悪くなったから、御馳走して貰って悪口いうちゃ済まんなあ。失敬々々・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・中には絵などが入っていて、一層の情趣を添えるのもあって、まことに書物として玩賞に値するのであります。 和本は、虫がつき易いからというけれど、この頃の洋書風のものでも、十年も書架に晒らせば、紙の色が変り、装釘の色も褪せて、しかも和本に於け・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 主催笹川の左側には、出版屋から、特に今晩の会の光栄を添えるために出席を乞うたという老大家のH先生がいる。その隣りにはモデルの一人で発起人となった倉富。右側にはやはりモデルの一人で発起人の佐々木と土井。その向側にはおもに新聞雑誌社から職・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添えるものである。しかし入江の眺めはそれに過ぎていた。そこに限って気韻が生動している。そんなふうに思えた。―― 空が秋らしく青空に澄む日には、海はその青よりやや温い深青に映った。白い雲がある・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・実際こんなときにこそ鬱陶しい梅雨の響きも面白さを添えるのだと思いました。四 それもやはり雨の降った或る日の午後でした。私は赤坂のAの家へ出かけました。京都時代の私達の会合――その席へはあなたも一度来られたことがありますね――・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・侍して、その臨終に立会った時、傍らに、彼の許嫁の妹が身を慄わせ、声をあげて泣きむせぶのを聴きつつ、彼は心から許嫁の死を悲しみながらも、許嫁の妹の涕泣に発声法上の欠陥のある事に気づいて、その涕泣に迫力を添えるには適度の訓練を必要とするのではな・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫