・・・然しまだ盾と云う頼みがあるからと打消すように添える。……これは互に成人してからの事である。夏を彩どる薔薇の茂みに二人座をしめて瑠璃に似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。騎士の恋には四期があると云う事をクララに教えたのはその時だと・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・意味から云えば、二つとか、三つとか、もしくば四つとかで充分であるものを、音調の関係からもう一つ云い添えるということがある。併し意味は既に云い尽してあるし、もとより意味の違ったことを書く訳には行かぬから仕方なしに重複した余計のことを云う。・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・とにかく力一杯にやって来、終に身を賭して自己に殉じてしまった心は、私に人生の遊戯でないことを教え、生きて居る自分に死と云うものの絶対で、逆に力を添える。 自分の一生のうちに、此事は、大きな、大きな、関係を持って居ることだ。 私は、死・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・ 地球を七巻き巻くとかいう云いかたも執念めいた響きを添える。七巻きとか七巻き半とかいう表現は、仏教の七生までも云々という言葉とともに、あることがらを自分の目前から追い払ってもまだそれはおしまいになったわけではないぞよ、という脅嚇を含んで・・・ 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
・・・賞を与える側がその新人でないことに就いて消極的な言葉を添える有様であった。或る賞のために努力した若い作家は、多くの場合その賞の審査員である諸作家の影響というものに対して、全く自立的な感情を持ち得ないであろうし、又私などはそのことで自身の芸術・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・際立った音と目立つ象を持たないからこの神々の容赦ない視線も逃れ、場合によると、活気を添える味方とさえ思われる。それに、破壊神呪咀の神は、自分の正面に来るものしか見えないのが特性です。三方は明いている。そこが私の領分です。どんな破滅が激しかろ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・二本の槇は、格子の左右に植え、檜葉は、六畳の縁先に、沈丁、他の一本の槇などは、庭に風情を添えるために、程よく植えた。 庭木は、今年になって、又一本、柔かい、よく草花とあしらう常緑木の一種を殖し、今では、狭い乍ら、可愛ゆい我等の小庭になっ・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ けれども、その悲哀は自分の心から勇気を抜き去ったり、疲れを覚えさせたりするような悲しみではなく、かえって、心に底力を与え、雄々しさを添えるものであることを彼女は感じた。 そして、無限に起って来るべき不調和と、衝突とに向って、それが・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 以上のうちで伊庭君の指摘せられた誤訳は、他の誤植や誤写なんぞと一しょに、最初別々に印刷した第一部と第二部との正誤表に載っているが、杉君と向君との指摘せられた誤訳は両部を合併して、ファウスト考に添えるはずの正誤表にだけ載っている。私は・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・しかし燼余の五百部は世間の誅求が急なので、正誤表を添えるに遑あらずして売り出された。そこで第一部は未正誤本が五百部世間に流布していて、その他は象嵌済の正本なのである。第二部の正誤は私の作ったのが目下富山房の手にある。これも紙型は象嵌で直し、・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫