・・・ しかし今日のわたしたちの生活にはまず電力節減、燃料不足などという、極めて原始的な困難から始って、温い冬の靴下がないという困難にまで及んでいます。どんな人でもくさくさすればそこから自分の心持を紛らすことを望みます。どんな若い人が自分の青・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ お昼は托児所の台所でこしらえた温いスープとか粥とか、牛乳その他をたべるのだが、六つぐらいの組は、食堂のテーブルへスプーンを並べたり、アルミニュームの鉢を並べたりする役もするようになる。 小学校では―― 一・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・―― 自動車が一つの角を曲って、急にさっぱりした住宅区域に入った時、自分は思わず頬が温い空気にふれたように感じた。 自動車の通る道路をはさんで両側に低い木柵を結った二階建の住宅が、同じ形で四五十軒並んでいる。小鳥の籠ゼラニュームの鉢・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・体は安らかで知覚なく、僅に遺った燼のように仄温いうちに、魂が無碍に遠く高く立ち去って行く。決して生と死との争闘ではなかった。充分生きた魂の自然な離脱、休安という感に打れた。八十四歳にもなると、人はあのように安らかに世を去るものなのだろうか。・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・いつも活気があり、流動があり、些の感傷と常套もあって、父は親密な温い父でした。 私が九つか十位から十年間ばかり、私がまだ父と一緒の家に暮していた間、朝父の出がけの身仕度をするのが私の楽しい任務でした。お洒落ではなかったが、髭は必ず毎朝剃・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ 更に、この著者の温い情緒と意志とによるより高い業績への期待の上に立って云わせて貰えば、この本は、著者の善意の量と必ずしも匹敵するだけ、技術的にうまく書かれているとは云えないのではなかろうか。素人考えで云えば、整理のしかたに幾分の混雑が・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・確乎として、正しく明るく、そして温いこの社会の輿論の一つの源泉ともなりたいものです。婦人民主クラブは果しない未来をもって、幾千万の日本婦人の善意の海の上に船出いたします。 宮本百合子 「婦人民主クラブ趣意書」
・・・何とも知れぬ温い物が逆に胸から咽へのぼった。甘利は気が遠くなった。 三河勢の手に余った甘利をたやすく討ち果たして、髻をしるしに切り取った甚五郎は、むささびのように身軽に、小山城を脱けて出て、従兄源太夫が浜松の邸に帰った。家康は約束ど・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・貸すなという掟のある宿を借りて、ひょっと宿主に難儀をかけようかと、それが気がかりでございますが、わたくしはともかくも、子供らに温いお粥でも食べさせて、屋根の下に休ませることが出来ましたら、そのご恩はのちの世までも忘れますまい」 山岡大夫・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・無辜の犠牲とはなんだ、社会に生きているものに、誰一人労働者の膏血を絞って、旨い物を食ったり、温い布団の上に寝たりしていないものはない。どこへ投げたって好いと云うのだ。それが君主を目差すとか、大統領を目差すとかいうことになるのは、主義を広告す・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫