・・・我輩は仕方がないから話しは分らぬものと諦めてペンの顔の造作の吟味にとりかかった。温厚なる二重瞼と先が少々逆戻りをして根に近づいている鼻とあくまで紅いに健全なる顔色とそして自由自在に運動を縦ままにしている舌と、舌の両脇に流れてくる白き唾とをし・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・貝原益軒翁が、『養生訓』を著わし、『女大学』を撰して、大いに世の信を得たるは、八十の老翁が自身の実験をもって養生の法を説き、誠実温厚の大儒先生にして女徳の要を述べたるがゆえに然るのみ。もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・落付きの中に不安のこもったそういう一家の主人の気配りが紺足袋でネクタイをつけた温厚な男の質問の口調に現れているのである。「あっちの景気はどうです?」 膝にまつわりつく娘の子の肩に片手をかけつつ、目はカーキ色の顔に向けて訊いている。・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
出典:青空文庫