・・・遠方の雷に伴う電光が空に映るのだが、雷鳴の音は距離が遠いのと空気の温度分布の工合で聞えぬのである。稲妻のぴかりとする時間は一秒の百万分一という短時間で、これに照らして見れば砲丸でも止まって見える。あまり時間が短いから左程強く目には感ぜぬが、・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ 涼しいというのは温度の低いということとは意味が違う。暑いという前提があって、それに特殊な条件が加わって始めて涼しさが成立するのである。 先年塩原の山中を歩いていた時に、偶然にこの涼しさの成立条件を発見した。とその時に思ったことがあ・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・力学における力、質量等のごとき、熱力学における温度エントロピーのごときこれなり。これらの概念と定義とが方則の云い表わしと切り離し難きはこのためなり。物理的自然現象を限定すべき条件等がすべてこれらの有限なる独立変数にて代表され得るや否やは別問・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・この水滴が出来るためには、必ず何かその凝縮する時に取りつく核のようなものが必要であって、これがなければ温度が下がっても凝縮は起らない。従ってこの際出来る水滴の数を顕微鏡で数えれば、そのような凝縮核の数が分る勘定である。この器械で研究してみる・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・ 凶作の原因となる気温異常には他にも色々な原因はあるとしても一つの因子としてこれと東北沿海の海水の温度異常との間に若干の相関があるらしいということは、我邦の学者の間ではもう少なくも二十年も前から問題となっていたことである。ただこの問題の・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚が日本の洗湯のそれと似ているのもおもしろかった。風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・熱い湯ですと湯げの温度が高くて、周囲の空気に比べてよけいに軽いために、どんどん盛んに立ちのぼります。反対に湯がぬるいと勢いが弱いわけです。湯の温度を計る寒暖計があるなら、いろいろ自分でためしてみるとおもしろいでしょう。もちろんこれは、まわり・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・ エントロピーに随伴して来る観念は「温度」である。たとえば簡単な完全ガス体の系では容積を保定しておけば、エネルギーの増す時にそのエントロピーの増加は「温度」に反比する。前のような通俗的のたとえを引けば、人間のエントロピーの増大と「精神的・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
一 デパートの夏の午後 街路のアスファルトの表面の温度が華氏の百度を越すような日の午後に大百貨店の中を歩いていると、私はドビュシーの「フォーヌの午後」を思いだす。一面に陳列された商品がさき盛った野の花のよ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・これは温度の相違によるか、それともガラスのよごれ方の相違によるかという問題が起こって来る。次の問題は水滴が多量になると、それが自分の重さでガラス面に沿うて流れおりて来る際に、いくつかの水滴が時々互いに合流しきれいな樹枝状の模様を作るのである・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
出典:青空文庫