・・・ Mは長ながと寝ころんだまま、糊の強い宿の湯帷子の袖に近眼鏡の玉を拭っていた。仕事と言うのは僕等の雑誌へ毎月何か書かなければならぬ、その創作のことを指すのだった。 Mの次の間へ引きとった後、僕は座蒲団を枕にしながら、里見八犬伝を読み・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 女中は湯帷子に襷を肉に食い入るように掛けて、戸を一枚一枚戸袋に繰り入れている。額には汗がにじんで、それに乱れた髪の毛がこびり附いている。「ははあ、きょうも運動すると暑くなる日だな」と思う。木村の借家から電車の停留場まで七八町ある。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ これもお揃の、藍色の勝った湯帷子の袖が翻る。足に穿いているのも、お揃の、赤い端緒の草履である。「わたし一番よ」「あら。ずるいわ」 先を争うて泉の傍に寄る。七人である。 年は皆十一二位に見える。きょうだいにしては、余り粒・・・ 森鴎外 「杯」
・・・常の日は、寝巻に湯帷子を着るまで、このままでいる。それを客が来て見て、「野木さんの流義か」と云うと、「野木閣下の事は知らない」と云うのである。 机の前に据わる。膳が出る。どんなにゆっくり食っても、十五分より長く掛かったことはない。 ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・なる程フランネルのシャツの上に湯帷子を著ている。細かい格子に日を遮られた、薄暗い窓の下に、手習机の古いのが据えてあって、そこが君の席になっている。私は炭団の活けてある小火鉢を挟んで、君と対座した。 この時すぐに目を射たのは、机の向側に夷・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・白のジャケツやら湯帷子の上に絽の羽織やら、いずれも略服で、それが皆識らぬ顔である。下足札を受け取って上がって、麦藁帽子を預けて、紙札を貰った。女中に「お二階へ」と云われて、梯を登り掛かると、上から降りて来る女が「お暑うございますことね」と声・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫