・・・この店子をして他の家主の支配を受けしめ、この区長を転じて隣村の区長たらしめなば、必ずこれに満足せずして旧を慕うことあるべし。 而してその旧、必ずしも良なるに非ず、その新、必ずしも悪しきに非ず。ただいたずらに目下の私に煩悶するのみ。けだし・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。文学の方で最近の傾向はシンボリズムとか、ミスチシズムとか云うのだが、イズムの中に彷徨いてる間や未だ駄目だね。象徴主義で云う霊肉一致も思想だけで、真実一致はして居らんじゃ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ ピエエル・オオビュルナンは満足らしい気色で筆を擱いた。ぎごちなくなった指を伸ばして、出そうになった欠を噛み潰した。そしてやおらその手を銀盤の方へ差し伸べた。盤上には数通の書簡がおとなしく待っていたのである。 ピエエルは郵便を選り分・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これがその時はいくらか句になって居るように思われて、満足はしないが、これに定みょうかとも思うた。実は考えくたびれたのだ。が、思うて見ると、先日の会に月という題があって、考えもしないで「鎌倉や畠の上の月一つ」という句が出来た。素人臭い句ではあ・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・これをこのまま一生満足に持っている事のできたものは今までに鳥に二人魚に一人あっただけだという話だ。お前はよく気をつけて光をなくさないようにするんだぞ」 ホモイが申しました。 「それは大丈夫ですよ。僕は決してなくしませんよ。そんなよう・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・と感歎しただけでは満足しないだけの感覚をもった人であろう。 溝口というひとはこれからも、この作品のような持味をその特色の一つとしてゆく製作者であろうが、彼のロマンチシズムは、現在ではまだ題材的な要素がつよい。技法上の強いリアリスティック・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何か読んでしまって、一寸顔を蹙めた。大抵いつも新聞を置く・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・彼女は処女を彼に与えた満足な結婚の夜の美しさを回想しているかのように、端整な青い線をその横顔の上に浮べていた。 二 彼と妻との間には最早悲しみの時機は過ぎていた。彼は今まで医者から妻の死の宣告を幾度聞かされたか分・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、真の安全も満足もこの外に得られるものでないと、つねづね仰ったことを、御遺言として、記憶しておいで」と、心を一杯籠めて仰ったのを、訳はよく分らないでも、忘れる処か、今そこでうかがっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意地を張り通します。もちろん私は子供のわがままを何でも押えよう・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫