・・・ お前すっかり自分の身をほろぼすんだよ……私たちみんなを滅ぼすんだ!」 ドミトリーは、びっくりして女房を見上げ見下した。「どうしたんだ? 狂犬か? 今日は……」 グラフィーラはたまらなくなって、ドミトリーの足許へ体を投げ出した。・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・余は全世界の貴族を滅ぼすであろう。逃げよ。ハプスブルグの女。余は高貴と若さを誇る汝の肉体に、平民の病いを植えつけてやるであろう。 ルイザはナポレオンに引き摺られてよろめいた。二人の争いは、トルコの香料の匂いを馥郁と撒き散らしながら、寝台・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・まで滅ぼすように思われてありがたくなって来た。彼女は入口の筵戸を捲き上げた。陽の光りは新しい小屋いっぱいに流れ込んだ。病人の頬や眼窩や咽喉の窪みに深い影が落ちて鎮まった。お霜は床に腰を下ろすと、うっとりしながら眼の前に拡っている茶の木畑のよ・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 以上の四類型は国を滅ぼす大将の類型であるが、それによって理想の大将の類型が逆に押し出されてくる。それは賢明な、道義的性格のしっかりとした、仁慈に富んだ人物である。そこには古来の正直・慈悲・智慧の理想が有力に働いているが、特に「人を見る・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・――私は自己の内のある者を滅ぼすのが直ちに自己を逃避することになるとは思わない。私は自分の上に降りかかってくるように感じられる運命に対しては、それがいかに苦しいことであっても、勇ましく堪え忍び、それによって自己を培う。しかし事が自分の自由の・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・病苦は病の癒えるまで、あるいは病が生命を滅ぼすまで続く。言を換えて言えば、病苦は続く間だけ続く。病気に罹った以上は誰でも最後まで苦しみ通すのである。耐忍するもしないもない。しかも我々は病苦に堪え得る人と堪え得ぬ人とを区別する。同じ病苦を受け・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫