・・・銃眼のある角を出ると滅茶苦茶に書き綴られた、模様だか文字だか分らない中に、正しき画で、小く「ジェーン」と書いてある。余は覚えずその前に立留まった。英国の歴史を読んだものでジェーン・グレーの名を知らぬ者はあるまい。またその薄命と無残の最後に同・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ ドドーン、ドドーン、ドーン、バラバラ、ドワーン 小林の頭上に、丁度、彼自身の頭と同じ程の太さの、滅茶苦茶に角の多い尖った、岩片が墜ちて来た。 小林は、秋山を放り出して、頭の鉢を抱えた。 ドーン、バーン、ドドーンー 発破・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・その上、猫入らずまで混ぜてあったのだが、兎に角私は、滅茶苦茶に甘いものに飢えていた。 だものだから、ついうっかり、奴さんの云う事を飲み込もうとした。 涎でも垂らすように、私の眼は涙を催しかけた。「馬鹿野郎!」 私は、力一杯怒・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴! どうして飲・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ 人々は信ずる処を失ってしまった。滅茶苦茶であった。虚無時代であった。恐怖時代であった。 棍棒は、剣よりもピストルよりも怖れられた。 生活は、農民の側では飢饉であった。検挙に次ぐ検挙であった。だが、赤痢ででもあるように、いくら掃・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・になったにも拘らず、何かが、眼に見えない何かが、滅茶苦茶に暴れまくっていた。 第三金時丸は、貪慾な後家の金貸婆が不当に儲けたように、しこたま儲けて、その歩みを続けた。 海は、どろどろした青い油のようだった。 風は、地獄からも吹い・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・毒なるは主人公の身持不行儀にして婬行を恣にし、内に妾を飼い外に賤業婦を弄ぶのみか、此男は某地方出身の者にて、郷里に正当の妻を遺し、東京に来りて更らに第二の妻と結婚して、所謂一妻一妾は扨置き、二妻数妾の滅茶苦茶なれば、子供の厳父に於ける、唯そ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・といった男たちはほんとうに賢かったでしょうか、小慧しい男たちが政治や軍事を自由にし女も含めた国民の大部分がその小慧しさにたぶらかされていたためにとうとう牛どころか戦争に敗ける所まで国を滅茶苦茶にしてしまったんです。 戦争に敗けて国民が生・・・ 宮本百合子 「家庭裁判」
・・・「いやらしおっしゃろほんまに、踊のある間、あてら顔滅茶苦茶やわ……痛い痛いわ、荒れて」「……何や、それ」「ワセリン」「――ようとれるな」 章子と二人の話声をききながら、ひろ子は興味をもって、桃龍のいたずら描きを眺めていた・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・当時漱石は、世間全体が癪にさわってたまらず、そのためにからだを滅茶苦茶に破壊してしまった、とみずから言っている。猛烈に癇癪を起こしていたことは事実である。しかしその時のことを客観的に描写し、それを分析したり批判したりすることができたというこ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫