・・・が、そこに滞在して、敵の在処を探る内に、家中の侍の家へ出入する女の針立の世間話から、兵衛は一度広島へ来て後、妹壻の知るべがある予州松山へ密々に旅立ったと云う事がわかった。そこで敵打の一行はすぐに伊予船の便を求めて、寛文七年の夏の最中、恙なく・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・わたしは北京滞在中、山井博士や牟多口氏に会い、たびたびその妄を破ろうとした。が、いつも反対の嘲笑を受けるばかりだった。その後も、――いや、最近には小説家岡田三郎氏も誰かからこの話を聞いたと見え、どうも馬の脚になったことは信ぜられぬと言う手紙・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
……わたしはこの温泉宿にもう一月ばかり滞在しています。が、肝腎の「風景」はまだ一枚も仕上げません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、――そんなことを繰り返して暮らしているのです。我ながらだらしのない・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・北京にもしばらく滞在したことがある。……」 僕はこう云う彼の不平をひやかさない訣には行かなかった。「支那もだんだん亜米利加化するかね?」 彼は肩を聳かし、しばらくは何とも言わなかった。僕は後悔に近いものを感じた。のみならず気まず・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・僕は食事をすませた後、薄暗い船室の電灯の下に僕の滞在費を計算し出した。僕の目の前には扇が一本、二尺に足りない机の外へ桃色の流蘇を垂らしていた。この扇は僕のここへ来る前に誰かの置き忘れて行ったものだった。僕は鉛筆を動かしながら、時々又譚の顔を・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・「へえ、へえ、もう、これぐらい滞在なすったら、ずっと効目はござりやんす」 駅のプラットホームで客引きが男に言っていた。子供のことを言っているのだな、と私は思った。「そやろか」 男は眼鏡を突きあげながら、言った。そして、売店で・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 私の滞在はこの冬で二た冬目であった。私は好んでこんな山間にやって来ているわけではなかった。私は早く都会へ帰りたい。帰りたいと思いながら二た冬もいてしまったのである。いつまで経っても私の「疲労」は私を解放しなかった。私が都会を想い浮かべ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・自分は田舎教師としてこの所に一年間滞在していた。 自分は今ワイ河畔の詩を読んで、端なく思い起こすは実にこの一年間の生活及び佐伯の風光である。かの地において自分は教師というよりもむしろ生徒であった、ウォーズウォルスの詩想に導かれて自然を学・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そこは地方から上京するなじみの客をおもに相手としているような家で、入れかわり立ちかわり滞在する客も多い中に、子供を連れながら宿屋ずまいする私のようなものもめずらしいと言われた。 外国の旅の経験から、私も簡単な下宿生活に慣れて来た。それを・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・彼女は自分の長い滞在がこの食堂で働く人達のさまたげになろうかと考え、上京して見て反って浦和へとこころざすようになった。彼女は親に従い、子に従い、孫にまで従って来たように、どんな運命にも逆おうとはしなかった。「新七、お前さんは築地まであた・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫