・・・しかし静な事は――昼飯を済せてから――買ものに出た時とは反対の方に――そぞろ歩行でぶらりと出て、温泉の廓を一巡り、店さきのきらびやかな九谷焼、奥深く彩った漆器店。両側の商店が、やがて片側になって、媚かしい、紅がら格子を五六軒見たあとは、細流・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・堂や竹田ばたけにも鍬を入れたがる、運が好ければ韓幹の馬でも百円位で買おう気でおり、支那の笑話にある通り、杜荀鶴の鶴の画なんという変なものをも買わぬと限らぬ勢で、それでも画のみならまだしもの事、彫刻でも漆器でも陶器でも武器でも茶器でもというよ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・棚や煖炉の上には粗製の漆器や九谷焼などが並べてある。中にはドイツ製の九谷まがいも交じっているようであった。 B氏は私の不審がっているのを面白そうに眺めるだけで、何の説明も与えてくれない。「まあ少し待ってくれ給え」と云っている。 奧の・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・陶磁器漆器鋳物その他大概のものはある。ここも今代の工芸美術の標本でありまた一般の趣味好尚の代表である。なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵なものばかりである。いつかここでたいへんおもしろいと思う花瓶を見つけてついでのあるたびに・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・先生は海鼠腸のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せてい・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫