・・・…… そこに、青き苔の滑かなる、石囲の掘抜を噴出づる水は、音に聞えて、氷のごとく冷やかに潔い。人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍に自から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝の・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ちょうど渇いてもいたし、水の潔い事を見たのは言うまでもない。「ねえ、お前。」 稚児が仰いで、熟と紫玉を視て、「手を浄める水だもの。」 直接に吻を接るのは不作法だ、と咎めたように聞えたのである。 劇壇の女王は、気色した。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・身を投げたのは潔い。 卑怯な、未練な、おなじ処をとぼついた男の影は、のめのめと活きて、ここに仙晶寺の磴の中途に、腰を掛けているのであった。 二「ああ、まるで魔法にかかったようだ。」 頬にあてて打傾いた掌を・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・あの人も少し笑いながら、「ペテロよ、足だけ洗えば、もうそれで、おまえの全身は潔いのだ、ああ、おまえだけでなく、ヤコブも、ヨハネも、みんな汚れの無い、潔いからだになったのだ。けれども」と言いかけてすっと腰を伸ばし、瞬時、苦痛に耐えかねるような・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 其に比べれば、良人の受けた結果は、そういう性質を知らずに結婚した不明と、その策略を感じなかった事を賢くないとしても尚、この真の意味に於ける破産は、比較にならない程潔いものではございますまいか? 私は、食べられなければガツガツし、自・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫