・・・ あるじが落着いて静にいうのを、お民は激しく聞くのであろう、潔白なるその顔に、湧上るごとき血汐の色。「切迫詰って、いざ、と首の座に押直る時には、たとい場処が離れていても、きっと貴女の姿が来て、私を助けてくれるッて事を、堅くね、心の底・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ あの容色で家の仇名にさえなった娘を、親身を突放したと思えば薄情でございますが、切ない中を当節柄、かえってお堅い潔白なことではございませんかね、旦那様。 漢方の先生だけに仕込んだ行儀もございます。ちょうど可い口があって住込みましたの・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
一 島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。 沼南には最近十四、五年間会っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・軍人は清廉潔白でなければならない。ところが、その約束が、ここでは解放されているのだ。兵士は、その××に引っかかって、ほしいものが得たさに勇敢に、捨身になるのだった。「前島、その耳輪を俺によこしとけよ。」 兵士は命令を待っている間に、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・それは、どうかと思われるけれど、しかし、剛直、潔白の一面は、たしかに具有していた。学校の成績は、あまりよくなかった。卒業後は、どこへも勤めず、固く一家を守っている。イプセンを研究している。このごろ人形の家をまた読み返し、重大な発見をして、頗・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・家の西北の隅に、異様に醜怪の、不浄のものが、とぐろを巻いてひそんで在るようで、机に向って仕事をしていながらも、どうも、潔白の精進が、できないような不安な、うしろ髪ひかれる思いで、やりきれないのである。どうにも、落ちつかない。 夜、ひとり・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・おのれの潔白を証明することにのみ急なる態のフィリッポスは誰。ただひたすらに、あわてふためいて居るヤコブは誰。キリストの胸のおん前に眠るが如くうなだれて居るこの小鳩のように優美なるヨハネは誰。そうして、最後に、かなしみ極りてかえって、ほのかに・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・それは、どうかと思われるけれど、しかし、剛直、潔白の一面は、たしかに具有していた。学校の成績はあまりよくなかった。卒業後は、どこへも勤めず、固く一家を守っている。イプセンを研究している。このごろ「人形の家」をまた読み返し、重大な発見をして、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・の悲劇を解くためには、葉子が倉知をあのように愛し、自分がこれまで待っていた人が現われた、待ちに待っていた生活がやっと来た、と狂喜しながら、何故、妹や、或は古藤に向って、噂が嘘であるかのように、いわゆる潔白な自身というものを認めさせようとする・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ロマン・ロランの精神の潔白とその人間らしい複雑な美に感動することのできる世界のすべての国々の女性の生活のうちに。そして「私は常に活動的な人々のために書いて来た」と云ったロマン・ロランの真実にうなずくのである。・・・ 宮本百合子 「彼女たち・そしてわたしたち」
出典:青空文庫