・・・泰西の潮流に漂うて、横浜へ到着した輸入品ではない。浅薄なる余の知る限りにおいては西洋の傑作として世にうたわるるもののうちにこの態度で文をやったものは見当らぬ。オーステンの作物、ガスケルのクランフォードあるいは有名なるジッキンスのピクウィック・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・というのはほかでもないが開化の潮流が進めば進むほど、また職業の性質が分れれば分れるほど、我々は片輪な人間になってしまうという妙な現象が起るのであります。言い換えると自分の商売がしだいに専門的に傾いてくる上に、生存競争のために、人一倍の仕事で・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・人間は完全なものでない、初めは無論、いつまで行っても不純であると、事実の観察に本いた主義を標榜したと云っては間違になるが、自然の成行を逆に点検して四十四年の道徳界を貫いている潮流を一句につづめて見るとこの主義にほかならんように思われるから、・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・しかるに我が文壇の潮流は非常に急なもので、私よりあとから、小説家として、世にあらわれ、また一般から作家として認められたものが大分ある。今も続々出つつあるように思われる。私は多忙な身だから、ほかの人の作を一々通読する暇がない。たてこんで来ると・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・必竟われらは一種の潮流の中に生息しているので、その潮流に押し流されている自覚はありながら、こう流されるのが本当だと、筋肉も神経も脳髄も、凡てが矛盾なく一致して、承知するから、妙だとか変だとかいう疑の起る余地が天で起らないのである。丁度葉裏に・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・この国の文学美術がいかに盛大で、その盛大な文学美術がいかに国民の品性に感化を及ぼしつつあるか、この国の物質的開化がどのくらい進歩してその進歩の裏面にはいかなる潮流が横わりつつあるか、英国には武士という語はないが紳士と〔いう〕言があって、その・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・凡そ感情の暖かい潮流が其方の心に漲って、其方が大世界の不思議をふと我物と悟った時、其方の土塊から出来ている体が顫えた時には、わしの秘密の威力が其方の心の底に触れたのじゃ。主人。もう好い好い。解った。まだ胸は支えているが、兎に角お前を歓迎・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その創作の現実で、新しいより社会的な創作方法にまで歩み出しているとは云えないけれども、日本の現代文学が世界の文学として生存してゆくための意味深い本質的萌芽は、すでに日本のうちに流れるこれらの世界精神の潮流とともに動いている。 そういう今・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ 彼の死を、長谷川如是閑のように、理智と本能の争いの結果とも見得るし、内的の力の消長の潮流の工合とも見られるのだ。 自分にとって、波多野氏の方から誘惑したとかどうとか云うことは窮極の問題ではない。誘惑と云うものは、あって無いものだ。・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・けれども、彼におけるその合理主義は決してショウのものではなくて、菊池寛という一個の日本の作家の身についているものであったことは、その合理性そのものが、当時の日本の思想と文学潮流とにとって或る意味では生新なものであったにかかわらず、本質の要素・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫