・・・眼を潰しておくれ、そうしたら顔を見る憂慮もあるまいから。」「そりゃ不可えだ。何でも、は、お前様に気を着けて、蚤にもささせるなという、おっしゃりつけだアもの。眼を潰すなんてあてごともない。飛んだことをいわっしゃる。それにしてもお前様眼が見・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・薔薇の花でも何でも虫のためには必要なる栄養物質であるのを、人間が無用な娯楽のために独占しようとして虫をひねり潰すのは、虫から見ればかなり暴虐な事かもしれない。 ある日の昼食のあとで庭へ出て、いちばん毛虫の多くついた薔薇を見に行った。そし・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・「豆を潰すのも構わずに引っ張った上に、裸で薄の中へ倒れてさ。それで君はありがたいとも何とも云わなかったぜ。君は人情のない男だ」「その代りこの宿まで担いで来てやったじゃないか」「担いでくるものか。僕は独立して歩行いて来たんだ」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・真を発揮するの結果、美を構わない、善を構わない、荘厳を構わないまではよいが、一歩を超えて真のために美を傷つける、善をそこなう、荘厳を踏み潰すとなっては、真派の人はそれで万歳をあげる気かも知れぬが美党、善党、荘厳党は指を啣えて、ごもっともと屏・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・――こんな下らない事を言って時間ばかり経って御迷惑でありましょうが、実は時間を潰すために、そういう事を言うのであります。大した問題もありませんから。 それで、先刻演題という話でしたが、演題というようなものはないから、何か好加減に一つ題は・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・もし私の通ったような道を通り過ぎた後なら致し方もないが、もしどこかにこだわりがあるなら、それを踏潰すまで進まなければ駄目ですよ。――もっとも進んだってどう進んで好いか解らないのだから、何かにぶつかる所まで行くよりほかに仕方がないのです。私は・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 段々、陽子は自分の間借りの家でよりふき子のところで時間を潰すことが多くなった。風呂に入りに来たまま泊り、翌日夜になって、翻訳のしかけがある机の前に戻る。そんな日もあった。そこだけ椅子のあるふき子の居間で暮すのだが、彼等は何とまとまった・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 若し始めっから潰す量見で来たんならもう少し潰しでのあるところへお輿を据えたらいいだろう。 何も二人に未練はありゃあしない。 ああさっぱりしたもんさ、水の様にね。 あんまり調子づいて、心にない事まで云って仕舞ったお金は、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・という表現であらわされている両民族の融合しがたさについて、又「精神を押し潰すようにのしかかって来る支那民族の憎悪の念に打ちのめされ」る感覚。或は「精力が伝染するように無気力も伝染するもので、この太古のままに生きている人々の魂から、彼の活動的・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
出典:青空文庫