・・・滝田君はその時僕のために谷崎潤一郎君の原稿を示し、(それは実際苦心の痕の歴々大いに僕を激励した。僕はこのために勇気を得てどうにかこうにか書き上げる事が出来た。 僕の方からはあまり滝田君を尋ねていない。いつも年末に催されるという滝田君の招・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・某氏の激励至らざるなく、それでようやく欠員の補充もできた。二回目には自分は最後に廻った。ことごとく人々を先に出しやって一渡り後を見廻すと、八升入の牛乳鑵が二つバケツが三箇残ってある。これは明日に入用の品である。若い者の取落したのか、下の帯一・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 雑誌のことには触れなかったが、雑誌で激励された礼をしたいという意味らしかった。 二つとも私自身想いだすのもいやな文章だったが、ひょんなところで参ちゃんと「花屋」の主人を力づける役目をしたのかと思うと、私も、「ぜひ伺います」・・・ 織田作之助 「神経」
・・・席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせた事もあって、その後、私の小さい著作集をお送りして、鈍骨もなお自重すべし、石に矢の立つ例も有之候云々、という激励のお言葉を賜り、先生はどんなに私を頭・・・ 太宰治 「佳日」
・・・然し、太宰治さん、できたら、ぼくに激励のお手紙を下さい。もう四日出勤して五日も経てば、ぼくは腐りの絶頂でしょう。今晩は手紙を書くのがイヤです。明晩明後日と益々イヤになるでしょう。虫の好い事を云いつづけに、思いきり云います。一つ叱って下さい。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・何か激励の言葉を送ってよこして下さい。」というような意味の葉書を再三、私は受け取った。 けれども私は、「激励の言葉を」などと真正面から要求せられると、てれて、しどろもどろになるたちなので、その時にも、「立派な言葉」を一つも送る事が出来ず・・・ 太宰治 「散華」
・・・ 墜落しても男子の本懐、何でもやってみる事だ、という激励のようでもあり、結局、私にも何が何やらわからないのだ。けれども、何が何やらわからぬ事実の中から、ふいと淋しく感ずるそれこそ、まことの教訓のような気もするのである。吹く風をなこその関とい・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・そうしてまた実に驚くべく非科学的なる市民、逆上したる街頭の市民傍観者のある者が、物理学も生理学もいっさい無視した五階飛び降りを激励するようなことがなかったら、あたら美しい青春の花のつぼみを舗道の石畳に散らすような惨事もなくて済んだであろう。・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・口々にこうした激励の言葉を投げた。船と埠頭の間に渡した色テープの橋の両側で勇ましい軍歌が起った、人々の顔がみんな酔ったように赤く見えた。誰も彼も意志の強そうな顔ばかりである。世の中にこわいものもなければ心配なことも何もないような人ばかりであ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・両君の来意は近年徒に拙を養うにのみ力めているわたしを激励して、小説に筆を執らしめんとするにあったらしい。 わたしは古机のひきだしに久しく二、三の草稿を蔵していた。しかしいずれも凡作見るに堪えざる事を知って、稿半にして筆を投じた反古に過ぎ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
出典:青空文庫