・・・また一方無学ではあるが女には珍しい明晰なあたまと鋭い観察の目をもっていた。だれでもかまわず無作法にじっと人の顔を見つめる癖があった、その様子が相手の目の中からその人の心の奥の奥まで見通そうとするようであった。実際彼女にはそういう不思議な能力・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・「どうも、君もよほど無学だね。君、あの火は五六里先きにあるのだぜ」「何里先きだって、向うの方の空が一面に真赤になってるじゃないか」と碌さんは向をゆびさして大きな輪を指の先で描いて見せる。「よるだもの」「夜だって……」「君・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・其等の事実も弁えずして、此女に子なしと断定するは、畢竟無学の臆測と言う可きのみ。子なきが故に離縁と言えば、家に壻養子して配偶の娘が子を産まぬとき、子なき男は去る可しとて養子を追出さねばならぬ訳けなり。左れば此一節は女大学記者も余程勘弁して末・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・畢竟するに無学迷信の罪と言うの外なし。左れば古来世に行わるゝ和文字の事も単に之を美術の一部分として学ぶは妙なりと雖も、女子唯一の学問と認めて畢生勉強するが如きは我輩の感服せざる所なり。一 女子の徳育には相当の書籍もある可し、父母長者の物・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・我輩は我が社会を維持して国を立てんとするに、むしろ無学無術の人と事を共にするも、有智の妖怪と共にするを欲せざる者なり。そもそも我が日本国の独立して既に数千年の社会を維持し、また今後万々歳に伝えんとするは、自ずからその然る所以の元素あるが故な・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・蕪村の俳句は芭蕉に匹敵すべく、あるいはこれに凌駕するところありて、かえって名誉を得ざりしものは主としてその句の平民的ならざりしと、蕪村以後の俳人のことごとく無学無識なるとに因れり。著作の価値に対する相当の報酬なきは蕪村のために悲しむべきに似・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・それに全然無学だな。」 娘にばけた悪魔の弟子はお口をちょっと三角にしていかにもすなおにうなずきました。 女王のテクラが、もう非常な勇気で云いました。「何かご用でいらっしゃいますか。」「あ、これは。ええ、一寸おたずねいたします・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 流行もなにもないぼってりした恰好で、後れ毛を頬にたらした無学なおとなしいグラフィーラは、自分達の家庭へ他人があばれ込むのも制御出来ない。而も、彼女は今辛い心持をやっと押えているのであった。さっきアイロンをかけるためにドミトリーの上着を・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ズブの無学文盲の農民は、この作者が喋らしているような喋りかたはしねえもんだ。『神聖な処女の噺』は、ありゃ新聞からとって来たもんだね。俺等の村じゃああいう、『神聖なもの』はどんな馬鹿な奴だって引きつけやしねえ」 この農民批評家はなかなか手・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・「俺が金持だったら、お前を勉強に出してやるんだがなあ。無学な人間は牛と同じこった。軛をかけられるか、つぶしにされるんだ。それでいて御本人は尻尾を振るばっかりと来ていらあ」 スムールイの云う言葉は、ゴーリキイの感受性の鋭い心の中に落ち・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫