・・・大鎌の奇怪なる角度より発散する三角形の光りの細胞は舞上り舞下りて闇黒の中に無形の譜を作りて死を讚美し祝し―― おどり狂う――大鎌をうちふりうちふりてなぎたおされんものをあさりつつ死は音もなく歩み・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・ 人間の日常生活が、男といい、女という性の異いに有形無形、どれほどの影響を受けているか、やかましい理窟も云わず、手を一つ上にあげても判ることと思う。小鳥の世界にもその異いは随分あるらしい。 曾て何かの時に買った雛子の玩具があった。い・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 有形無形の集団力によって働いて来た生活が、孤立させられたとき、その心理は複雑で、多く自分というものの再発見、再確認が行われる。その再発見、再確認の過程で、その人の運命と階級の運命のために、どのように望ましい力として自己を再発見するか、・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・そう思う私の心は、やはり有形無形の枠やとりまきにかこまれたままで示されている祖父への親愛をそぐのであった。 ずっとそういう心持が流れていたところこの間或る機会に、明治初年の年表を見ていたらその中に『明六雑誌』というものがあり、福沢諭吉、・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ 情勢との関係によって様々な形をとりながらも、大衆の進歩的な部分が大衆としての有形、無形の発言の力であると見るのが誤りでない以上、大衆の新たな一部となって来ている知識人的要素が、やはり大衆の声をもつ筈である。ところが、非常に微妙な時代的・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・ お互に或る無形の鏡を持って照し合わせ様として居るのを又お互に知って居た。 時々亢奮した目附で何か云い出そうとしてはフット口をつぐんで静かな無口になるのを千世子は興味ある気持でながめた。 肇のすきこのみなどを千世子は話すまで千世・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・魂は飛んでもぬけのから、もぬけのからのその体を無形のものは益々誘う。飛んだ魂は、夜闇の中に、音に添うてはパッとはなれ、はなれてはまた添い、共にもつれてクルクルクル見えないところで舞の振事、魂がその音か、その音が魂か、音に巻かれて魂はますます・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・私たちは、日夜、営々として、人間として願わしくない事情を、より願わしい方向に向けて有形無形に推しすすめようとする直接の感じで生きていると思う。自分の生活に現れて来る不如意や困難の深くひろい原因と、社会のつながりとを理解し、それを細かく理解す・・・ 宮本百合子 「フェア・プレイの悲喜」
・・・絶えず相互の利害、あらゆる幸・不幸が有形無形に於て影響し合っているのは明であろう。と同時に、一般が、彼等生存の理想、倫理感等によって認めた肯定の範囲に於ては、一人一人が、各々の負うべき責任と義務とを確信しての自由、独立を共有する。家庭生活と・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・そうして見れば飾磨屋は、どうかした場合に、どうかした無形の創痍を受けてそれが癒えずにいる為めに、傍観者になったのではあるまいか。 若しそうだとすると、その飾磨屋がどうして今宵のような催しをするのだろう。世間にはもう飾磨屋の破産を云々する・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫