・・・死を予想しない快楽ぐらい、無意味なものはないじゃあないか。B 僕は無意味でも何でも死なんぞを予想する必要はないと思うが。A しかしそれでは好んで欺罔に生きているようなものじゃないか。B それはそうかもしれない。A それなら何・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・さもないと、私がこの手紙を閣下に差上げる事が、全く無意味になる惧があるのでございます。そのくらいなら、私は何を苦しんで、こんな長い手紙を書きましょう。 閣下、私はこれを書く前に、ずいぶん躊躇致しました。何故かと申しますと、これを書く以上・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・立停ってはまた無意味らしく歩き出した。 四、五町歩いたと思うと彼らはもう町はずれに来てしまっていた。道がへし折られたように曲って、その先きは、真闇な窪地に、急な勾配を取って下っていた。彼らはその突角まで行ってまた立停った。遙か下の方から・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 今日は、無意味では此処が渡れぬ、後の橋が鳴ったから。待て、これは唄おうもしれない。 と踏み掛けて、二足ばかり、板の半ばで、立ち停ったが、何にも聞こえぬ。固より聞こうとしたほどでもなしに、何となく夕暮の静かな水の音が身に染みる。・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・然るに文学上の労力がイツマデも過去に於ける同様の事情でイクラ骨を折っても米塩を齎らす事が無かったなら、『我は米塩の為め書かず』という覚悟が無意味となって、或は一生涯文学に志ざしながら到頭文学の為め尽す事が出来ずに終るかも知れぬ。 過去に・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・此の如き大学の組織である以上、吾々にとっては殆んど無意味である。 そうすると如何しても今のところ小学校が一番重大な使命をもっている。又小学校の時分に与えられた感化程深刻なものはない。ほんとうの人間性や、美くしい感情や、正しい事の観念など・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・皆誰でもがキリストの通った道を歩き得るものとは限らないから。無意味な形の上だけでは歩いていても、その精神をまで継ぎ得たと何んで云えよう。偶々トルストイのように本当にその精神にぶつかることの出来た人に於て、初めてキリストの感情は地上に花を開く・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・そしてまた、寿子がもし天才だけで現在のようになったとすれば、この数年間、自分が生活のすべてを犠牲にして来たことが無意味になるではないか、という気持もあった。彼はただ現在の寿子を、自分の音楽への情熱の化身と思いたかったのである。 しかし、・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ たしかに午前六時の朝日会館など、まるで日曜日の教室――いや、それ以上に、ひっそりとして、味気なくて、殺風景でいたずらにがらんとして、凡そ無意味な風景であろう。 しかし、午前六時の朝日会館を描くことは、つねに無意味だとは限らない。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そして何を考えることも、何を怖れるというようなことも、出来ない程疲れて居る気持から、無意味な深い溜息ばかしが出て来るような気がされていた。「お父さん、僕エビフライ喰べようかな」 寿司を平らげてしまった長男は、自分で読んでは、斯う並ん・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫