・・・日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・人の足音や車の軋る音で察するに会葬者は約百人、新聞流でいえば無慮三百人はあるだろう。先ずおれの葬式として不足も言えまい。…………………アアようよう死に心地になった。さっき柩を舁き出されたまでは覚えて居たが、その後は道々棺で揺られたのと寺で鐘・・・ 正岡子規 「墓」
・・・櫓を降り、変にポタポタと靴の裏にはりつくような地面を事務所の方へ歩きながら、その技師は、バクーの油田が無慮二百七十の大小会社によって無統制に掘りかえされていた時代の恐ろしい競争の状態を話した。 湧出道を奪うためにはあらゆる悪辣なことを平・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫