・・・だから私は第四階級に対しては無縁の衆生の一人である。私は新興階級者になることが絶対にできないから、ならしてもらおうとも思わない。第四階級のために弁解し、立論し、運動する、そんなばかげきった虚偽もできない。今後私の生活がいかように変わろうとも・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ここまでいうと「有島氏が階級争闘を是認し、新興階級を尊重し、みずから『無縁の衆生』と称し、あるいは『新興階級者に……ならしてもらおうとも思わない』といったりする……女性的な厭味」と堺氏の言った言葉を僕自身としては返上したくなる。 次に堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・「所縁にも、無縁にも、お爺さん、少し墓らしい形の見えるのは、近間では、これ一つじゃあないか――それに、近い頃、参詣があったと見える、この線香の包紙のほぐれて残ったのを、草の中に覗いたものは、一つ家の灯のように、誰だって、これを見当に辿り・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・のは、このあたりすべてかわりなく、親類一門、それぞれ知己の新仏へ志のやりとりをするから、十三日、迎火を焚く夜からは、寺々の卵塔は申すまでもない、野に山に、標石、奥津城のある処、昔を今に思い出したような無縁墓、古塚までも、かすかなしめっぽい苔・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・失敗、疲労、痛恨――僕一生の努力も、心になぐさめ得ないから、古寺の無縁塚をあばくようであろう。ただその朽ちて行くにおいが生命だ。 こう思うと、僕の生涯が夢うつつのように目前にちらついて来て、そのつかまえどころのない姿が、しかもひたひたと・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・お熊は泣々箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅を遣ッては、七日七日の香華を手向けさせた。 箕輪の無縁寺は日本堤の尽きようとする処から、右手に降りて、畠道を行く事一、二町の処にあった浄閑寺をいうのである。明治三十一、二年の頃、わたくしが掃・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・お熊は泣く泣く箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやっては、七月七日の香華を手向けさせた。 広津柳浪 「今戸心中」
・・・そのことは、こんにちの亀井勝一郎のジャーナリズムでの活躍の本質と決して無縁なものではない。日本の現代文学の中になにかの推進力として価値あるものをもたらした人々は、北村透谷、二葉亭四迷、石川啄木、小林多喜二など、誰一人として「抽象的な情熱」を・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・作者は作品に対する自己のモティーヴなどに心を煩わされることなく、書けないという往年の作家たちの悩みなどは無縁な心情で、対象への愛や凝視に筆足を止められず、書くという状態になった。 人間を文学に再び息づかせるには、作家が先ず人間への愛をそ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人たちとは無縁であること、そして、自分の苦しみは見っともなくて重苦しいことを何と切なく感じたことだろう。午後になって、みんな海岸へ出かけた。暖かい晩秋の日光が砂丘をぬくめているところへ、一列に・・・ 宮本百合子 「青春」
出典:青空文庫