・・・ 何というても児供だけに無茶なことをいう。無茶なことを云われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中で、ごったになって争うたけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めて終った。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮か・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ そう言いながら、男はどぶんと浸ったが、いきなりでかい声で、「あ、こら水みたいや。無茶しよる。水風呂やがな。こんなとこイはいって寒雀みたいに行水してたら、風邪ひいてしまうわ」そして私の方へ「あんた、よう辛抱したはりまんな。えらい人や・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・そら、君、無茶だよ。だって、ここから針中野まで何里……あるかもわからぬ遠さにあきれていると、実は、私は和歌山の者ですが、知人を頼って西宮まで訪ねて行きましたところ、針中野というところへ移転したとかで、西宮までの電車賃はありましたが、あと一文・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・ 面白いほどはやり、婆さんははばかりに立つ暇もないとこぼしたので、儲けの分を増してやることにして埋め合せをつけるなど、気をつかいながら、狭山で四日過し、「――こんな眼のまわる仕事は、年寄りには無茶や。わてはやっぱし大阪で三味線ひいて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あの人だから、もってるんですよ。無茶ですね」 無茶だとは、武田さんも気づいているのであろう。しかし、やめられない。だから「武田麟太郎失明せり」と自虐的なデマを飛ばして、わざとキャッキャッはしゃいでいるのだろうと思った。「あの人は大丈・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 芝居のつもりだがそれでもやはり興奮するのか、声に泪がまじる位であるから、相手は驚いて、「無茶いいなはんナ、何も私はたたかしまへんぜ」とむしろ開き直り、二三度押問答のあげく、結局お辰はいい負けて、素手では帰せぬ羽目になり、五十銭か一円だ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「そうかテお前、折角掏ったもんを、返しに行け――テ、そンナン無茶やぜ」「おい、亀公、お前良心ないのンか」 豹吉は豹吉らしくないことを言った。「ない」「ない……? 良心がない……?」「あったけど、今はないわい」 亀・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・好い意味の貧乏というものは、却て他人に謙遜な好い感じを与えるものだが、併し小田のはあれは全く無茶というものだ。貧乏以上の状態だ。憎むべき生活だ。あの博大なドストエフスキーでさえ、貧乏ということはいゝことだが、貧乏以上の生活というものは呪うべ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・彼は大きい、汚れた手で土を無茶くちゃに引き掻いた。そして、穴の外へ盲目的に這い上ろうとした。「俺は死にたくない!」彼は全身でそう云った。 将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍刀をあびせかけるその方法がないものゝように、ぼんやり老人を・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・うまい口上を並べて自分に投票させ、その揚句、議員である地位を利用して、自分が無茶な儲けをするばかりであることを、百姓達は、何十日となく繰返えして見せつけられて来た。 だから、投票してやるからには、いくらでも、金を取ってやらなければ損だ、・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
出典:青空文庫