・・・「無茶なことに俺等を使いやがる!」栗本は考えた。 傾斜面に倒れた縁なし帽や、ジャケツのあとから、また、ほかの汚れた短衣やキャラコの室内服の女や子供達が煙の下からつづいて息せき現れてきた。銃口は、また、その方へ向けられた。パッと硝煙が・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・脚や腰がすくみ上って無茶に顫えた。「井村!」奥の方からふるえる声がした。「おい土田さん。」「三宅! 三宅は居るか! 柴田! 柴田! 森!」 助けを求める切れ/″\の呻きが井村の耳に這入ってきた。彼も仲間の名を呼んだ。湿っぽい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・禅宗の味噌すり坊主のいわゆる脊梁骨を提起した姿勢になって、「そんな無茶なことを云い出しては人迷わせだヨ。腕で無くって何で芸術が出来る。まして君なぞ既にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨くべしだネ。」 戦闘が開始されたようなも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げてはいない、狡いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取れた。 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく混ぜ返すほどなお逡巡みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける 試みに馬から落ちて落・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・と落ちつきなく部屋をうろつき、「あいつはそんな無茶なことをやらかして、おれの声名に傷つけ、心からの復讐をしようとしている。変だと思っていたのだ。ゆうべ、おれに、いつにないやさしい口調で、あなたも今月はずいぶん、お仕事をなさいましたし、気休め・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ ひとは、恥ずかしくて身の置きどころの無くなった思いの時には、こんな無茶な怒りかたをするものである。 私たちは、おそい朝ごはんを、気まずい思いで食べた。とにかく私は、きょうは小坂氏の家へ行かぬつもりだ。恥ずかしくて、行けたもので・・・ 太宰治 「佳日」
・・・「無茶ですね!」と僕は叫ぶようにして言ったのであるが、静子さんは、首を振って、笑うばかりだ。もう全く聞えないらしい。僕は机の上の用箋に、「草田ノ家ヘ、カエリナサイ」と書いて静子さんに読ませた。それから二人の間に、筆談がはじまった。静子さ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・政府で歳入の帳尻を合わせるために無茶苦茶にこの材木の使用を宣伝し奨励して棺桶などにまでこの良材を使わせたせいだといううわさもある。これはゴシップではあろうがとかくあすの事はかまわぬがちの現代為政者のしそうなことと思われておかしさに涙がこぼれ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・しからばまるで無茶なものかというと、決してそうではないというのであります。 かようにあなた方の出発点とわれわれ文芸家の出発点とは違っている。 そのものの性質よりいえば、われわれの方のものは personal のもので、作物を見て作っ・・・ 夏目漱石 「無題」
出典:青空文庫