・・・編輯者 どうもそう無責任では困りますなあ。しかし何しろ半時間ばかりでは、急に書いても貰えないでしょうし、………小説家 そうですね。ウェデキンドの芝居だと、この半時間ばかりの間にも、不遇の音楽家が飛びこんで来たり、どこかの奥さんが自殺・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・一体歌人にしろ小説家にしろ、すべて文学者といわれる階級に属する人間は無責任なものだ。何を書いても書いたことに責任は負わない。待てよ、これは、何日か君から聞いた議論だったね。A どうだか。B どうだかって、たしかに言ったよ。文芸上の作・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・でも、大隅君だって、決して無責任な男じゃございませんから。」「はい。存じております。山田さんもそれは保証していらっしゃいました。」「僕だって保証いたします。」 その、あてにならない保証人は、その翌々日、結納の品々を白木の台に載せ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、でも、それは実際、美しいのだから仕様がない。三井君は寝ながら、枕頭のお針仕事をしていらっしゃる御母堂を相手に、しずかに世間話をしていた。ふと口を噤んだ。それきりだった・・・ 太宰治 「散華」
・・・父は、もともと、家庭教師を呼ぶ事には反対だったのですが、沢田先生のおくらしの一助という名目に負けて、おいでを願う事にしていたのであって、まさか、そんな無責任な綴方教育を授けているとは思いも寄らず、毎週いちど、少しは和子の学課の勉強の手伝いを・・・ 太宰治 「千代女」
・・・という無責任な言葉を使ったりした。しかし、のろまな妻は列車の横壁にかかってある青い鉄札の、水玉が一杯ついた文字を此頃習いたてのたどたどしい智識でもって、FOR A-O-MO-RI とひくく読んでいたのである。・・・ 太宰治 「列車」
・・・これは無責任ないし悪意あるゴシップによって日常行われている現象である。 それでこの書物の内容も結局はモスコフスキーのアインシュタイン観であって、それを私が伝えるのだから、更に一層アインシュタインから遠くなってしまう、甚だ心細い訳である。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・浅薄、軽率、不正確、無責任というようなものがおのずから付きまといやすい。それからまた読者の一時的の興味のために、すべての永久的なものが犠牲にされやすい。それからまた題材が時の流行に支配されるために、取材の範囲がせばめられ、同時にその題材と他・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「実に無責任だなあ」郵便局に対する不平を口の内でつぶやきながら、空虚な円の中から何かを見いだそうとして、ためつすがめつながめていた。 失望の後に来る虚心の状態に帰って考えてみると、差出人のおおよその見当は、もう小包を手にした瞬間からつい・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ おしまいにはそんな事を考えている自分がばからしくなって来たので、いいかげんに、無責任に、だらしなく刈り始めた。 青白い刃が垂直に平行して密生した芝の針葉の影に動くたびにザックザックと気持ちのいい音と手ごたえがした。葉は根もとを切ら・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫