・・・彼は、焼け跡に立って、終日、あほう鳥の帰ってくるのを待っていました。しかし、とうとう、鳥は帰ってきませんでした。煙に巻かれて、焼け死んだものか、南の故郷に、逃げていったものか、いずれかでなければなりません。「私は、べつに、この町にいなけ・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・きのうは何十人の負傷者がこの坂の上をかつがれて通ったとか、きょうは焼け跡へ焼け跡へと歩いて行く人たちが舞い上がる土ぼこりの中に続いたとか、そういう混雑がやや沈まって行ったころに、幾万もの男や女の墓地のような焼け跡から、三つの疑問の死骸が暗い・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・準備が整って予定の時刻が迫ると、見物人らは一定の距離に画した非常線の外まで退去を命ぜられたので、自分らも花屋敷の鉄檻の裏手の焼け跡へ行って、合図のラッパの鳴るのを待っていた。その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・適当な間をおいて、赤十字のしるしのついた救護班のトラックをしたがえ、蜒々たる隊列は、標語板を林のようにゆるがせながら東京の焼け跡の街を押して来る。大手町の方を眺めると、歌声のとどろきと旗の波が刻々増大し、つきぬ流れは日本橋へ向っている。女の・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
出典:青空文庫