・・・さあ、これえ、お焼物がない。ええ、間抜けな、ぬたばかり。これえ、御酒に尾頭は附物だわ。ぬたばかり、いやぬたぬたとぬたった婦だ。へへへへへ、鰯を焼きな、気は心よ、な、鰯をよ。」 と何か言いたそうに、膝で、もじもじして、平吉の額をぬすみ見る・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・例えば『永代蔵』では前記の金餅糖の製法、蘇枋染で本紅染を模する法、弱った鯛を活かす法などがあり、『織留』には懐炉灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除けの方法など、『胸算用』には日蝕で暦を験すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・次の壇へ御洗米と塩とを純白な皿へ盛ったのが御焼物の鯛をはさんで正しく並べられる。一番大きな下の壇へは色々な供物の三宝が並べられる。先ず裏の畑の茄子冬瓜小豆人参里芋を始め、井戸脇の葡萄塀の上の棗、隣から貰うた梨。それから朝市の大きな西瓜、こい・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・ 平凡でただゆったりしているのが便利な私の机の上にいつもあるのは、山羊の焼物の文鎮、紺色のこれも焼物の硯屏。それからそこいらの文房具屋にざらにあるガラスのペン皿。そのなかには青赤エンピツだの小鋏、万年筆、帳綴じの類が入っている。アテナ・・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・日に一度、焼物と焼物のぶつかり合う、あの特別な響のきこえない時はない。「気をつけろっちゃ。 校長さんは怒鳴るのである。 毎週土曜に町まで通って、活花を習って居るのが流石はとうなずかせる。そんな時、主人は学校からかえって来・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫