・・・そして青田のなかに褪赭の煉瓦の煙突。 小さい軽便が海の方からやって来る。 海からあがって来た風は軽便の煙を陸の方へ、その走る方へ吹きなびける。 見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走っているようであ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・この骨組みの鉄筋コンクリート構造に耐え得ずして、直ちに化粧煉瓦を求め、サロンのデコレーションを追うて、文芸の門はくぐるが、倫理学の門は素通りするという青年学生が如何に多いことであろう。しかしすぐれた文学者には倫理学的教養はあるものである。人・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・赤い煉瓦の三階建だった。露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 彼等の周囲にあるものは、はてしない雪の曠野と、四角ばった煉瓦の兵営と、撃ち合いばかりだ。 誰のために彼等はこういうところで雪に埋れていなければならないだろう。それは自分のためでもなければ親のためでもないのだ。懐手をして、彼等を酷使・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・塚のやや円形に空虚にして畳二ひら三ひらを敷くべく、すべて平めなる石をつみかさねたるさま、たとえば今の人の煉瓦を用いてなせるが如し。入口の上框ともいうべきところに、いと大なる石を横たえわたして崩れ潰えざらしめんとしたる如きは、むかしの人もなか・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 長い廊下の行手に、沢山の鉄格子の窓を持った赤い煉瓦の建物がつッ立っていた。 俺はだまって、その方へ歩き出した。 アパアト住い「南房」の階上。 独房――「No. 19.」 共犯番号「セ」の六十三号。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・その坂の降り口に見える古い病院の窓、そこにある煉瓦塀、そこにある蔦の蔓、すべて身にしみるように思われてきた。 下女のお徳は家のほうに私たちを待っていた。私たちが坂の下の石段を降りるのを足音できき知るほど、もはや三年近くもお徳は私の家に奉・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・並木路のつきるところ、正面に赤い化粧煉瓦の大建築物。これは講堂である。われはこの内部を入学式のとき、ただいちど見た。寺院の如き印象を受けた。いまわれは、この講堂の塔の電気時計を振り仰ぐ。試験には、まだ十五分の間があった。探偵小説家の父親の銅・・・ 太宰治 「逆行」
・・・あるいはまた、粉々にくずれた煉瓦の堆積からむくむくと立派な建築が建ち上がったりする。 昔ある学者は、光の速度よりもはやい速度で地球から駆け出せば宇宙の歴史を逆さまにして見られるというような寝言を言った。しかしこのような超光速度はできない・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
一 ――ほこりっぽい、だらだらな坂道がつきるへんに、すりへった木橋がある。木橋のむこうにかわきあがった白い道路がよこぎっていて、そのまたむこうに、赤煉瓦の塀と鉄の門があった。鉄の門の内側は広大な熊本煙草専売局工・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫