・・・ 想像の豊かな若者なら、きっとその蔭に照る強い日の色、風の光、色彩の濃い熱帯の鳥の翼ばたきをまざまざと想うことが出来るに違いない。 そう思って見れば、これ等の瑞々しい紫丁香花色の花弁の上には敏感に、微に、遠い雲の流れがてりはえている・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・柔い若葉をつけたばかりの梧桐はかぜにもまれ、雨にたたかれた揚句、いきなりかっと照る暑い太陽にむされ、すっかりぐったりしおれたようになって、澄んだ空の前に立って居る。 六月の樹木と思えない程どす黒く汚く見えた。 六月二十四・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・ 三日雨 四日ぱっと照る。 両日の間に叔母上の死体を、小島さんのところに来た水兵の手で埋り出し、川島、棺作りを手伝って、やっと棺におさめ、寺に仮埋葬す。その頃、東京から小南着。 五日頃から、倒れなかった田舎の百姓家に避難し、・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・彼等の宮を支えている雲の柱が静に、流れ移ったり、照る光がうつろったりする。やがてヴィンダー ああ、つまらない。(欠伸何と云う沈滞しきった有様だ。又この間のように面白いことでも起って呉れないかな。目が醒めるぜ。ミーダ 人間のアーリ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 父さんは、朝日がキラキラ照る窓ぎわへ腰かけて、昨夜工合がわるかったラジオを熱心に直している。ミーチャは口をあけてそれを見物してたところだ。 ミーチャは、風呂場へ行った。水道栓のわきに、低くミーチャの手拭と歯ブラシとがぶら下ってる。・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・ 太陽の照るうちは、それでもまぎれている彼女は、夜、特に月の大層美しいような晩には、その水のような光りの流れる部屋に坐りながら、何という慕わしさで、ついこの間まで続いていた「あの頃」を思い出したことであろう。 多勢の友達を囲りに坐ら・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 此処ば、ばかりにおててんとうさまが照るんじゃあるまいし。 覚えてろ。と云うなり奥さんを小突いて何か荷物でもまとめるつもりか向うの方へ行くと、奥さんは奥さんでヒョロヒョロしながら、「出て行け出て行け。とあとを・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・見ると、日の照る縁側に、まだ起きぬけのままの姿で、友達が立っている。ただのんきに佇んでいるのではない。丁度自分のところまで閉めた硝子戸によりそい、凝っと動かず注意をあつめて庭の方を視ているのだ。私は生きもの同士が感じ合う直覚で、ひとりでに抜・・・ 宮本百合子 「春」
・・・『春を待つ心』が大人にならない少女の心によって自然の日が照るように自然の雨が降るように書かれた文章とすれば『癩者の魂』はおとなの文学作品という意識によって筋をたてられ、描写され、まとめられている作品である。読者は、それらの作品が、現代ジャー・・・ 宮本百合子 「病菌とたたかう人々」
・・・どこか底の方に、ぴりっとした冬の分子が潜んでいて、夕日が沈み掛かって、かっと照るような、悲哀を帯びて爽快な処がある。まあ、年増の美人のようなものだね。こんな日にもぐらもちのようになって、内に引っ込んで、本を読んでいるのは、世界は広いが、先ず・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫