・・・ 宗俊の語の中にあるものは懇請の情ばかりではない、お坊主と云う階級があらゆる大名に対して持っている、威嚇の意も籠っている。煩雑な典故を尚んだ、殿中では、天下の侯伯も、お坊主の指導に従わなければならない。斉広には一方にそう云う弱みがあった・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・理科の教科書ならばとにかく多少でも文学的な作品を児童に読ませるのに、それほど分析的に煩雑な註解を加えるのは却って児童のために不利益ではないかと思うというようなことを書き送ったような気がする。これは後で悪かったと思った。 以上挙げたような・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・現今の世の中では職業の数は煩雑になっている。私はかつて大学に職業学という講座を設けてはどうかということを考えた事がある。建議しやしませぬが、ただ考えたことがあるのです。なぜだというと、多くの学生が大学を出る。最高等の教育の府を出る。もちろん・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・有力の御用向きかまたは用向きなるものに逢えば、平生の説教も忽ち勢力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内に病人あるも勤めの身なればこれを捨てて出勤せざるを得ず、終日の来客も随分家内の煩雑なれども、勤めの家なれば止むことを得・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・多難で煩雑な女の生活の現実の間で、祖父の箴言は常にケーテの勇気の源泉となったように思える。 事実、ケーテ・シュミットはケーテ・コルヴィッツとなっても画業は決して棄てなかった。それどころか、良人カールの良心に従った生活態度とその仕事ぶりと・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・ 終りの印象的にとらえられている場面は書きかたをもっと煩雑でなくするとズッと活きて来る。以上の点を考慮に入れ、予選作品の中では、まとまっている方であると思った。「製本職工の創った小説」 谷英三 この作は、はじめ筆をおろすときに・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・ と、忽ち、秋三は安次を世話する種々な煩雑さから迯れようとしていた今迄の気持がなくなって、ただ、勘次の家を一日でも苦しめてみることに興味を持った。「おい、南の勘とこへ行かんか。あいつはお前とこの株内や。」「肴屋か。あんなけちんぼ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫