・・・そのことは、素人作家という未熟練な質と結びつけて考えられ勝で、既に素人作家は御免であるという声もきこえている。 作家であって素人なのは困るけれども、社会生活では大衆の一員として或る一定の職業をもち作家を職業としてはいない若い人々の作品が・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・ 石川は、後から幸雄の肩を確り押え、「若旦那! 若旦那! 気を落付けなくちゃいけません」と云った。「静かにしなすったって分る話だ。――若旦那!」 熟練し切った様子で荷でもくくるように詰襟の男が幸雄の踝の上から両脚をぎりぎ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ 本間氏夫妻は生活の必然から職業につく男は職業に忠実であり熟練し、当然の結果として遊半分職業をもっている女より偉くなると正しい結果論をしておられるのであるけれど、娘である久美子さんは、漠然とながら実際の必要から職業を求める女が増大して来・・・ 宮本百合子 「短い感想」
・・・不熟練でしかも熱心に長時間機械の前に立った時、職場の災害は非常に増大するのが当然である。しかし青少年工、女子労働者のために特別な危険防止の施設というものは考えられなかった。その暇がなかった。しかし暇のないことよりも最大の原因は、日本の政府が・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の乱れを捌き下る、間断のない注意力で鮎を漁る熟練のさ中で、ふと私は流れる人生の火を見・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・わが国でそういう原始芸術に当たるものは、縄文土器やその時代の土偶などであって、そこには原始芸術としての不思議な力強さ、巧妙さ、熟練などが認められ、怪奇ではあっても決して稚拙ではない。それは非常に永い期間に成熟して来た一つの様式を示しているの・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫