・・・近づいた途端、妙に熱っぽい体臭がぷんと匂った。「お散歩ですの?」 女はひそめた声で訊いた。そして私の返事を待たず、「御一緒に歩けしません?」 迷惑に思ったが、まさか断るわけにはいかなかった。 並んで歩きだすと、女は、あの・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・女は出世のさまたげ。熱っぽいお君の臭いにむせながら、日ごろの持論にしがみついた。しかし、三度目にお君が来たとき、「本に間違いないか今ちょっと調べてみるよってな。そこで待っとりや」 と、座蒲団をすすめておいて、写本をひらき、「あと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・二十年アメリカの移民の間に暮しても尚そういう感情であるというのは、他の一面の熱っぽいところ、ものに正面から当って行こうとするところとひどい矛盾であって、その矛盾は滑稽に近いものとなっていることが分っていない。――大変面白いのです。人間観察と・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ そういう熱っぽい空気の裡で、早熟な総領娘のうける刺戟は実に複雑であった。性格のひどく異った父と母との間には、夫婦としての愛着が純一であればあるほど、むきな衝突が頻々とあって、今思えばその原因はいろいろ伝統的な親族間の紛糾だの、姑とのい・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・―― そうかと思うと、彼等は俄に生きものらしい衝動的なざわめきを起し、日が沈んだばかりの、熱っぽい、藍と卵色の空に向って背延びをしようと動き焦るように思われる。 夜とともに、砂漠には、底に潜んだほとぼりと、当途ない漠然とした不安が漲・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
出典:青空文庫