・・・抱えは二人あったけれど、芸道には熱心らしかったけれど、渋皮のむけたような子はいなかった。道太はというと、彼は口髭がほとんど真白であった。彼をここへ連れてきたことのある、そのころの父の時代をも、おそらく通り過ぎていた。お絹の年をきいて、彼は昨・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 善ニョムさんは、老人のわりに不信心家だが、作物に対しては誰よりも熱心な信心家だった。雲が破けて、陽光が畑いちめんに落ちると、麦の芽は輝き躍って、善ニョムさんの頬冠りは、そのうちにまったく融けこんでしまった。 それだから、ちょうどそ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・一時、頻と馬術に熱心して居られたが、それも何時しか中止になって、後四五年、ふと大弓を初められた。毎朝役所へ出勤する前、崖の中腹に的を置いて古井戸の柳を脊にして、凉しい夏の朝風に弓弦を鳴すを例としたが間もなく秋が来て、朝寒の或日、片肌脱の父は・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 落したと思った一人は熱心に聞いた。「西から三番目の畝だ、おめえが大きいのを抱えた時ちゃらんと音がしたっけが其時は気がつかなかったがあれに相違ねえぞ、こっそり行って探して見ろ」 太十が復た眠に就いたと思う頃其一人は三番目の畝を志・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と余は満腹の真面目をこの四文字に籠めて、津田君の眼の中を熱心に覗き込んだ。津田君はまだ寒い顔をしている。「いやだいやだ、考えてもいやだ。二十二や三で死んでは実につまらんからね。しかも所天は戦争に行ってるんだから――」「ふん、女か? ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・私は昔子供の時、壁にかけた額の絵を見て、いつも熱心に考え続けた。いったいこの額の景色の裏側には、どんな世界が秘密に隠されているのだろうと。私は幾度か額をはずし、油絵の裏側を覗いたりした。そしてこの子供の疑問は、大人になった今日でも、長く私の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・学に精 ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰無為に日月を消する者に非ず、生来の習慣、あたかも自身の熱心に刺衝せられて、勉強せざるをえず。而・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・……いわばまあ、上っ面の浮かれに過ぎないのだけれど、兎に角上っ面で熱心になっていた。一寸、一例を挙げれば、先生の講義を聴く時に私は両手を突かないじゃ聴かなんだものだ。これは先生の人格よりか「道」その物に対して敬意を払ったので。こういう宗教的・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかれども蕪村は芭蕉が連句に力を用いしだけ熱心には力をここに伸ばさざりき。 蕪村の俳諧を学びし者月居、月渓、召波、几圭、維駒等皆師の調を学びしかども、ひとりその堂に上りし者を几董とす、几董は師号を継ぎ三世夜半亭を称う。惜しむべし、彼れ蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そしてお父さんは熱心にみがきはじめました。けれどもどうも曇りがとれるどころかだんだん大きくなるらしいのです。 お母さんが帰って参りました。そして黙ってお父さんから貝の火を受け取って、すかして見てため息をついて今度は自分で息をかけてみがき・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫