・・・同時にまた自動車は爆音を立ててたちまちどこかへ行ってしまいました。「こら、こら、そうのぞいてはいかん。」 裁判官のペップは巡査の代わりに大勢の河童を押し出した後、トックの家の戸をしめてしまいました。部屋の中はそのせいか急にひっそりな・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 隧道を、爆音を立てながら、一息に乗り越すと、ハッとした、出る途端に、擦違うように先方のが入った。「危え、畜生!」 喚くと同時に、辰さんは、制動機を掛けた。が、ぱらぱらと落ちかかる巌膚の清水より、私たちは冷汗になった。乗違えた自・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。 この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もあ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・圧搾空気で廻転する鑿岩機のブルブルッという爆音が遠くからかすかにひゞいて来る。その手前には、モンペイをはき、髪をくる/\巻きにした女達が掘りおこされた鉱石を合品で、片口へかきこみ、両脚を踏ンばって、鉱車へ投げこんでいた。乳のあたり、腰から太・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・といいかけた時、空襲警報が出て、それとほとんど同時に爆音が聞え、れいのドカンドカンシュウシュウがはじまり、部屋の障子がまっかに染まりました。 「やあ、来た。とうとう来やがった」と叫んで大尉は立ち上がりましたが、ブランデーがひどくきいたら・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ライト。爆音。星。葉。信号。風。あっ! 四「佐竹。ゆうべ佐野次郎が電車にはね飛ばされて死んだのを知っているか」「知っている。けさ、ラジオのニュウスで聞いた」「あいつ、うまく災難にかかりやがった。僕なんか、首でも吊・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ と私は夕食の時、笑いながら家の者に言ったその夜、空襲警報と同時に、れいの爆音が大きく聞えて、たちまち四辺が明るくなった。焼夷弾攻撃がはじまったのだ。ガチャンガチャンと妹が縁先の小さい池に食器類を投入する音が聞えた。 まさに、最悪の・・・ 太宰治 「薄明」
・・・そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢のほうへ走り去ったのであった。 九月初旬三度目に行ったときには宿の池にやっと二三羽の鶺鴒が見られた。去年のような大群はもう来ないらしい。ことしはあひるのコロニーが優勢になって鶺鴒の領域・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 石炭がはじけて凄まじい爆音が聞えると、黒い煙がひとしきり渦巻いて立ち昇る。 物恐ろしい戦場が現われる。鍋の物のいりつくような音を立てて飛んで来る砲弾が眼の前に破裂する。白い煙の上にけし飛ぶ枯木の黒い影が見える。 戦場が消えると・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・トランペットやトロンボンのはげしい爆音の林立が斜めに交互する槍の行列のような光線で示されるところもあったようである。 なんだかちっともわからないようで、しかしなんだか妙におもしろいものである。これと非常によく似たものが他にどこかにあるよ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
出典:青空文庫