・・・おとよは省作のために二年の間待ってる、二年たって省作が家を持てなければ、その時はおとよはもう父の心のままになる、決して我意をいわない、と父の書いた書付へ、おとよは爪印を押して、再び酒の飲み直しとなった。俄かに家内の様子が変る、祭りと正月が一・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ここの処へただちょっとお前の前肢の爪印を、一つ押しておいて貰いたい。それだけのことだ。」 豚は眉を寄せて、つきつけられた証書を、じっとしばらく眺めていた。校長の云う通りなら、何でもないがつくづくと証書の文句を読んで見ると、まったく大へん・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・口書清書に実印、爪印をさせられた。 二十八日には筒井から五度目の呼出が来た。用番老中水野越前守忠邦の沙汰で、九郎右衛門、りよは「奇特之儀に付構なし」文吉は「仔細無之構なし」と申し渡された。それから筒井の褒詞を受けて酉の下刻に引き取った。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫