・・・漣の寄する渚に桜貝の敷妙も、雲高き夫人の御手の爪紅の影なるらむ。 伝え聞く、摩耶山とうりてんのうじ夫人堂の御像は、その昔梁の武帝、女人の産に悩む者あるを憐み、仏母摩耶夫人の影像を造りて大功徳を修しけるを、空海上人入唐の時、我が朝に斎き帰・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・顔はかくれて、両手は十ウの爪紅は、世に散る卍の白い痙攣を起した、お雪は乳首を噛切ったのである。 一昨年の事である。この子は、母の乳が、肉と血を与えた。いま一樹の手に、ふっくりと、且つ健かに育っている。 不思議に、一人だけ生・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・と唱い終ると、また他の一人が声張り上げて、桑を摘め摘め、爪紅さした 花洛女郎衆も、桑を摘め。と唱ったが、その声は実に前の声にも増して清い澄んだ声で、断えず鳴る笛吹川の川瀬の音をもしばしは人の耳から逐い払っ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・同じ紅色でも前記の素足の爪紅に比べるとこのほうは美しく典雅に見られた。近年日本の紅がインドへ輸出されるのでどうしたわけかと思って調べてみると婦人の額に塗るためだそうだという話をせんだって友人から聞いていたが、実例をまのあたりに見るのははじめ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 最初われわれの前に蓮の花の世界が開けたとき、われわれを取り巻いていたのは、爪紅の蓮の花であった。花びらのとがった先だけが紅色に薄くぼかされていて、あとの大部分は白色である。この手の花が最も普通であったように思う。しかし舟が、葉や花を水・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫