・・・ あの若い女のひとと彼とのこと その彼ときょうの女とのこと いろいろ○彼女が身のまわりに持っている雰囲気の中には 常にある爽やかさがあった。それが生活の或時期では健康さと芸術に対する野心から次の時期には単純で・・・ 宮本百合子 「心持について」
・・・思う存分に手も伸ばし肢も背ものばし、外気と日光と爽やかな風の流れの欲しいのが自然だろうと思う。勝手に体を屈伸させ、さぞ跳ねたりもしたいだろう。肉体の健やかな自然の要求はそこに在る筈である。 仕舞は、整えられ美とされている線であるにしろ、・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・頂の雪は白皚々、それ故晴れた空は一きわ碧く濃やかに眺められ、爽やかに冷たい正月の風は悉くそこから流れて来るように思えた。 道傍の枯芝堤に、赤や桃色の毛糸頸巻をした娘が三人、眩しそうに並んで日向ぼっこをしていた。 女役者の一座がか・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・絶壁のように厚い雲の割目から爽やかな水浅黄の空が覗いて、洗われた日光がチラつく金粉を撒き始めます。此の軽い大気! 先生、うんざりする雨の後に、急に甦って輝く森林や湖水、其等の上に躍る日光は、何と云う美くしさでございましょう。水溜を跳び越えな・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 文学へ新人の爽やかな跫音を、と求める気分は濃厚となって、新人推薦、発見の方法は幾多の賞を手引きとして講じられた。抑々日本の現代文学の世界で、こんなに幾種類もの賞の流行が、文化統制の気運とともに組織された文芸懇話会賞から始ったというのは・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・勘次は落ちつけば落ちつく程、胸の底が爽やかに揺れて来た。が、秋三は勘次の気持を見破ると、盛り上って来た怒りが急に折れて侮辱の念に変って来た。と同時に安次の弱さに腹の底から憎悪を感じると、彼の掌はいきなり叩頭している安次の片頬をぴしゃりと打っ・・・ 横光利一 「南北」
・・・大きな建物全体の中でその一室だけ煌煌と明るかった。爽やかな白いテーブルクロスの間を白い夏服の将官たちが入口から流れ込んで来た。梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって・・・ 横光利一 「微笑」
・・・雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな気分が、樹の色や光の内に漂うて、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍っているように感ぜられる。おりふしかわいい小鳥の群れが活き活きした声でさえずり交わして、緑の葉の間を楽しそうに往き来する。――・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・何となく濁っている。爽やかさが少しもなく、むしろ不健康を印象する色である。秋らしい澄んだ気持ちは少しも味わうことができない。あとに取り残された常緑樹の緑色は、落葉樹のそれよりは一層陰欝で、何だか緑色という感じをさえ与えないように思われる。こ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
東京の郊外で夏を送っていると、時々松風の音をなつかしく思い起こすことがある。近所にも松の木がないわけではないが、しかし皆小さい庭木で、松籟の爽やかな響きを伝えるような亭々たる大樹は、まずないと言ってよい。それに代わるものは欅の大樹で、・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫