・・・が、性来愚鈍な彼は、始終朋輩の弄り物にされて、牛馬同様な賤役に服さなければならなかった。 その吉助が十八九の時、三郎治の一人娘の兼と云う女に懸想をした。兼は勿論この下男の恋慕の心などは顧みなかった。のみならず人の悪い朋輩は、早くもそれに・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・男らの面を見れば色もただならず、唇までも青みたり。牛馬に等しき事して世をわたるいやしきものながら、同じ人なればさすがにあわれに覚ゆ。我らのほかにも旅人三人ばかり憩い居けるが、口々にあらずもがなのおそろしき雨かなとつぶやき、この家の主が妻は雷・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・この辺牛馬殊に多し。名物なれど喰うこともならず、みやげにもならず、うれしからぬものなりと思いながら、三の戸まで何ほどの里程かと問いしに、三里と答えければ、いでや一走りといきせき立て進むに、峠一つありて登ることやや長けれども尽きず、雨はいよい・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・動物心理学者はなんと教えるかしらないが、私には牛馬や鳶烏が物を「考える」とは想像できない。考えの式を組み立てるための記号をもたないと思われるからである。聾唖者には音響の言語はないが、これに代わるべき動作の言語がちゃんと備わっているのである。・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・すぐれた頭の能力をもった人間に牛馬のする仕事を課していたような、済まない事をしていたというような気がするのであった。 鉄針と竹針とによる音色の相違はおそらく針自身の固有振動にも関係するだろうしまた接触点の弾性にもよるだろうが、これらの点・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・中味は込入っていて眼がちらちらするだけだからせめて締括った総勘定だけ知りたいと云うなら、まだ穏当な点もあるが、どんな動物を見ても要するにこれは牛かい馬かい牛馬一点張りですべて四つ足を品隲されては大分無理ができる。門外漢というものはこの無理に・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ある場所では機械や牛馬の力も加えて、男のいないあとの耕地を女が働いてやっている。 海へ女がのり出して働かないという昔からの習慣は、その活動が女の体力にとって全然無理だからなのだろうか。それとも穢れをきらうというようなことに関してのしきた・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・飼主の命令のままに馴らされ、使役される犬猫から牛馬のたぐいは人道的なひとびとによって組織されている愛護デーをもつ。犬を愛するものも愛護される。だが、独立の人間としての理性から自由を愛し、より多くの社会人の生活の安定が見出されなければならない・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
・・・須坂にて昼餉食べて、乗りきたりし車を山田まで継がせんとせしに、辞みていう、これよりは路嶮しく、牛馬ならでは通いがたし。偶牛挽きて山田へ帰る翁ありて、牛の背借さんという。これに騎りて須坂を出ず。足指漸く仰ぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫