・・・検査場を出ると、私は半日振りの煙草を吸いながら、案外物分りのいい徴兵官だなと思った。 その後私は何人かの軍人に会うたが、この徴兵官のような物分りのいい軍人には一人も出会わなかった。むしろ私の会うた軍人は一人の例外もないと言っていいくらい・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ たまに見る息子は非常に利口に、手ばしこく、物分りがよく見えた。 ちょくちょく見舞いに来る者共に一々達の事を吹聴して、お世辞にも、「いい息子はんを御持ちやから貴方はんも御安心どすえなあ。 年を取っては、子のよいのが何より・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・安穏寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するような事をせずに、「君は僧侶になる柄の人ではないから、今のうちに廃し給え」と云って、寺を何がなしに逐い出してしまった。そこで佐野さんは・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫