・・・そこへきて民子が明けてもくれてもくよくよして、人の眼にもとまるほどであるから、時々は物忘れをしたり、呼んでも返辞が遅かったりして、母の疳癪にさわったことも度々あった。僕が居なくなってから二十日許り経って十一月の月初めの頃、民子も外の者と野へ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ ところが、物忘れをするからすがありました。きいた話を、すっかり忘れて、かがしの上にきて止まりました。そして、カア、カアと鳴きながらかがしの頭をつつきました。 これを見たすずめたちは、びっくりしてどうなるのかと目をまるくしていました・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲は童をして母を忘れしめたるのみ。物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗すともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境に落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。 ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫