・・・と女中をしりぞけて独酌で種々の事を考えながら淋しく飲んでいると宿の娘が「これをお客様が」と差出したのは封紙のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・叔父さんは瓢箪を取り出して独酌をはじめた。さもうまそうに舌打ちして飲んでござった。『これでおれが一つ打つと一そう酒がうまいが。今に見ろ大きな奴を打って見せるぞ』、瓢箪を振って見て『その時のに残して置こうか。』 さて弁当を食いしまって・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、袂から白い巾に包んだ赤楽の馬上杯を取出し、一度拭ってから落ちついて独酌した。鼠股引の先生は二ツ折にした手拭を草に布いてその上へ腰を下して、銀の細箍のかかっている杉の吸筒の栓をさし直して・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・みれんがましい慾の深い考えかたは捨てる事だ、などと私は独酌で大いに飲みながら、たわいない自問自答をつづけていた。 北さんはその夜、五所川原の叔母の家に泊った。金木の家は病人でごたついているので、北さんは遠慮したのか、とにかく五所川原へ泊・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ いったい昔は、独酌でさえあまり上品なものではなかったのである。必ずいちいち、お酌をさせたものなのである。酒は独酌に限りますなあ、なんて言う男は、既に少し荒んだ野卑な人物と見なされたものである。小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほして・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫