・・・ハントの家はカーライルの直近傍で、現にカーライルがこの家に引き移った晩尋ねて来たという事がカーライルの記録に書いてある。またハントがカーライルの細君にシェレーの塑像を贈ったという事も知れている。このほかにエリオットのおった家とロセッチの住ん・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝説や口碑があり、今でもなお多数の人々は、真面目に信じているのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に来ている人たちは、一種の恐怖と嫌悪の感情とで、私・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・たとえば、人間の一人々々が、誰にも云わず、書かずに、どの位多くの秘密な奇怪な出来事を、胸に抱いたまま、或は忘れたまま、今までにどの位死んだことだろう。現に私だって今ここに書こうとすることよりも百倍も不思議な、あり得べからざる「事」に数多く出・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・て愚鈍なる主人も之に依頼し、所謂内助の力を以て戸外の体面を全うするものあるのみならず、夫死すれば其妻は則ち賢母にして、子を養育し子を教訓し、一切万事母一人の手を以て家を保つの事実は古今世に珍しからず。現に今日世上に名ある有為の紳士賢婦人など・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それが必然であるのみならず、その違って居る処が今日のわれわれから見ても面白いと思うのである。現にこの頃の『ホトトギス』で遣って居るように三、四人の選者で同じ句を選んで見たところで、決して同じ句を選ぶものはない。そのような事を度々繰りかえして・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・飼えるともさ。現におれをはじめたくさんのものが、それでくらしを立てているんだ。」 ブドリはかすれた声で、やっと、「そうですか。」と言いました。「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもな・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 形は小さいが、活々したモーメントを批判し、到るところで、いろんな形で、敵の攻撃と自己批判をやってゆく、独特な文化的武器となるに違いないのである。 現に移動劇場の仕事は、よくこの諷刺文学の、小粒な活力を利用してわれわれに見せている。・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・秀麿と大した点数の懸隔もなくて、優等生として銀時計を頂戴した同科の新学士は、文部省から派遣せられる筈だのに、現にヨオロッパにいる一人が帰らなくては、経費が出ないので、それを待っているうちに、秀麿の方は当主の五条子爵が先へ立たせてしまった。子・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・いや、世界もまた――しかし、現に世界はあるのだ。そして、争っているのだった。真理はどこかになければならぬ筈にもかかわらず、争いだけが真理の相貌を呈しているという解きがたい謎の中で、訓練をもった暴力が、ただその訓練のために輝きを放って白熱して・・・ 横光利一 「微笑」
・・・「こういう事を現に自分も感じている、多くの人も感じている、」「それがある理想から見て好ましくないことであろうとも、とにかく人間の自然なのだ、私はその自然を捕えた、」云々。 しかし自分の経験をほんとうに理解しようとする人が知っているように・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫