・・・さもなければ我我はとうの昔に礼譲に富んだ紳士になり、世界も亦とうの昔に黄金時代の平和を現出したであろう。 瑣事 人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・私はブルジョア階級の崩壊を信ずるもので、それが第四階級に融合されて無階級の社会の現出されるであろうことを考えるものであるけれども、そしてそういう立場にあるものにとっては、第四階級者として立つことがきわめて合理的でかつ都合のよいことではあろう・・・ 有島武郎 「想片」
・・・贈る同心の結 嬌客俄に怨首讎となる 刀下冤を呑んで空しく死を待つ 獄中の計愁を消すべき無し 法場若し諸人の救ひを欠かば 争でか威名八州を振ふを得ん 沼藺残燈影裡刀光閃めく 修羅闘一場を現出す 死後の座は金きんかんたんを分ち ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・に先生のお話の内容を冷笑し、主題の山椒魚なる動物にもてんで無関心、声をふるわせて語る先生のお顔を薄気味わるがったりなど失礼な感情をさえ抱いていた癖に、いま眼前に、事実、その伯耆国淀江村の身のたけ一丈が現出するに及んで、俄然てんてこ舞いをはじ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 霧はまったく晴れ渡って、私たちのすぐ眼のまえに、異様な風景が現出したのである。青葉。それがまず私の眼にしみた。私には、いまの季節がはっきり判った。ふるさとでは、椎の若葉が美しい頃なのだ。私は首をふりふりこの並木の青葉を眺めた。しかし、・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・うらうらと晴れて、まったく少しも風の無い春の日に、それでも、桜の花が花自身の重さに堪えかねるのか、おのずから、ざっとこぼれるように散って、小さい花吹雪を現出させる事がある。机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばら・・・ 太宰治 「散華」
・・・一方は下賤から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放絢爛たる建築美術を興して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美丈夫で、学問も充分、そのひとが草の・・・ 太宰治 「庭」
・・・観者に関するあらゆる絶対性を打破する事によって現出された客観的実在は、ある意味で却って絶対なものになったと云ってもよい。 この仕事を仕遂げるために必要であった彼の徹底的な自信はあらゆる困難を凌駕させたように見える。これも一つのえらさであ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
人間というものが始めてこの世界に現出したのはいつ頃であったか分らないが、進化論に従えば、ともかくも猿のような動物からだんだんに変化して来たものであるらしい。しかしその進化の如何なる段階以後を人間と名づけてよいか、これも六か・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・科学者が既知の方則を材料として演繹的にこのような実験を行って一つの新しい原理などを構成すると同様に、南画家はまた一種の実験を行ってそこに一つの新しい芸術的の世界を構成し現出せしめるのである。画としての生命はむしろここにあるのであるまいか。科・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫