・・・また実際そのお島婆さんの家と云うのが、見たばかりでも気が滅入りそうな、庇の低い平家建で、この頃の天気に色の出た雨落ちの石の青苔からも、菌ぐらいは生えるかと思うぐらい、妙にじめじめしていました。その上隣の荒物屋との境にある、一抱あまりの葉柳が・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・草のなかった処に青い草が生える。花のなかった処にあらん限りの花が開く。人は言葉通りに新たに甦って来る。あの変化、あの心の中にうず/\と捲き起る生の喜び、それは恐らく熱帯地方に住む人などの夢にも想い見ることの出来ない境だろう。それから水々しく・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ いくち、しめじ、合羽、坊主、熊茸、猪茸、虚無僧茸、のんべろ茸、生える、殖える。蒸上り、抽出る。……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢をめさるるごとく、影朧に、のほのほと並んだ時は、陰気が、緋の毛氈の座を圧して、金銀のひらめく扇子の、秋草の、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……そこへ出盛る蕈らしいから、霜を越すという意味か、それともこの蕈が生えると霜が降る……霜を起すと言うのかと、その時、考うる隙もあらせず、「旦那さんどうですね。」とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・いつも松露の香がたつようで、実際、初茸、しめじ茸は、この落葉に生えるのである。入口に萩の枝折戸、屋根なしに網代の扉がついている。また松の樹を五株、六株。すぐに石ころ道が白く続いて、飛地のような町屋の石を置いた板屋根が、山裾に沈んで見えると、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・お神さんは私を引入れましたが、内に入りますと貴方どうでございましょう、土間の上に台があって、荒筵を敷いてあるんでございますよ、そこらは一面に煤ぼって、土間も黴が生えるように、じくじくして、隅の方に、お神さんと同じ色の真蒼な灯が、ちょろちょろ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 秋になると、トシエの家には、山の松茸の生える場所へ持って行って鈴をつけた縄張りをした。他人に松茸を取らさないようにした。 そこへ、僕等はしのびこんだ。そして、その山を隅から隅まで荒らした。 這入って行きしなに縄にふれると、向う・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・木の枝は一つが東に向ッて生える、その上の枝は南それから西北という工合に螺旋している。花を能く見玉え、必らず螺形に花びらが出ている。朝顔の花の咲かない間は即ち渦をなしている。釘も螺状の釘が良いのサ。コロック抜きも螺状をなしているから能く突込め・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・頭に白髪が生えるならまだしもだが、どうかすると髯にまで出るように成ったからねえ」「心細いことを云い出したぜ」と相川は腹の中で云った。年をとるなんて、相川に言わせると、そんなことは小欠にも出したくなかった。昔の束髪連なぞが蒼い顔をして、光・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・おれの頭から鹿の角が生える。誰やらあとから追い掛ける。大きな帽子を被った潜水夫がおれの膝に腰を掛ける。 もうパリイへ行こうと思うことなんぞはおれの頭に無い。差し当りこの包みをどうにか処分しなくてはならない。どうか大地震でもあってくれれば・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫