・・・すこしも、よろこびが無い。生命力が貧弱です。 ばかに、威張ったような事ばかり言って、すみませんでした。」 太宰治 「一問一答」
・・・希望、奮闘、勉励、必ずそこに生命を発見する。この濁った血が新しくなれると思う。けれどこの男は実際それによって、新しい勇気を恢復することができるかどうかはもちろん疑問だ。 外濠の電車が来たのでかれは乗った。敏捷な眼はすぐ美しい着物の色を求・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 唄合戦の揚句に激昂した恋敵の相手に刺された青年パーロの瀕死の臥床で「生命の息を吹込む」巫女の挙動も実に珍しい見物である。はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べていた。店の女たちも起きだして、掃除をしていた。「独りで食べてうまいかね」「わた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかしながら当局者はよく記臆せなければならぬ、強制的の一致は自由を殺す、自由を殺すはすなわち生命を殺すのである。今度の事件でも彼らは始終皇室のため国家のためと思ったであろう。しかしながらその結果は皇室に禍し、無政府主義者を殺し得ずしてかえっ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・人はその生命の終らぬ中から早く忘れられて行く。その事に思い至れば、生もまたその淋しい事において、甚しく死と変りがないのであろう。 ○ オペラ館の楽屋口に久しく風呂番をしていた爺さんがいた。三月九日の夜に死んだか・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・以上述べた如くローマンチシズムの思想即ち一の理想主義の流れは、永久に変ることなく、深く人心の奥底に永き生命を有しているものであります。従ってローマン主義の文学は永久に生存の権利を有しております。人心のこの響きに触れている限り、ローマン主義の・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・ただ翻身一回、此智、此徳を捨てた所に、新な智を得、新な徳を具え、新な生命に入ることができるのである。これが宗教の真髄である。宗教の事は世のいわゆる学問知識と何ら交渉もない。コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろう・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考えつづけた――起死回生の霊薬なる六神丸が、その製造の当初に於て、その存在の最大にして且つ、唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、却って之を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・』『生命があったらば。』と莞爾なすって。 私は若子さんの意の中を思遣って、見て居られなくなって横を向きました。 すると、直き傍で急に泣声が発ったのです。見ますとね、先刻の何人でも呪いそうな彼の可怖い眼の方が、隣の列車の窓につかま・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫