・・・意気地がないから親一人妹一人養うことも出来ずさ、下宿屋家業までさして置いて忠孝の道を児童に教えるなんて、随分変った先生様もあるものだね。然しお政さんなんぞは幸福さ、いくら親に不孝な男でも女房だけは可愛がるからね。お光などのように兵隊の気嫌ま・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
はしがき もの思う葦という題名にて、日本浪曼派の機関雑誌におよそ一箇年ほどつづけて書かせてもらおうと思いたったのには、次のような理由がある。「生きて居ようと思ったから。」私は生業につとめなければいけないではないか。簡単な理由・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・それにもかかわらず私はもともと賤しい家業をした身体ですからと、万事に謙譲であって、いかほど家庭をよく修め男に満足と幸福を与えたからとて、露ほどもそれを己れの功としてこれ見よがしに誇る心がない。今時の女学校出身の誰々さんのように、夫の留守に新・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・現にその発現は世の中にどんな形になって、どんなに現れているかと云うことは、この競争劇甚の世に道楽なんどとてんでその存在の権利を承認しないほど家業に励精な人でも少し注意されれば肯定しない訳に行かなくなるでしょう。私は昨晩和歌の浦へ泊りましたが・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ そこで世の中では――ことに昔の道徳観や昔堅気の親の意見やまたは一般世間の信用などから云いますと、あの人は家業に精を出す、感心だと云って賞めそやします。いわゆる家業に精を出す感心な人というのは取も直さず真黒になって働いている一般的の知識・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・また働かないというはなはだわがままな自己本位の家業になっている。だから朝七時から十二時まで働かなければならないという秩序や組織や順序があったところで、それだけ手際の良い仕事はできるものでない。すなわち自分の気の向いた時にやったものが一番気の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・の事、はなはだ大切なりといえども、これは人民一般普通の心得にして、ここに政治家と名づくるものは、一家専門の業にして、政権の一部分を手にとり、身みずから政事を行わんとする者なれば、その有様は、工商がその家業を営み、学者が学問に身を委るに異なら・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・良人五年の中風症、死に至るまで看護怠らずといい、内君七年のレウマチスに、主人は家業の傍らに自ら薬餌を進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。 これらの点より見れば、夫婦同室は決して面白きものにあらず。独身なれば、親戚朋友・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・それでもわたくしは主人が渡世上手で、家業に勉強して、わたくし一人を守っていてくれるのをせめてもの慰めにいたしていました。 しかしそれはわたくしがひどく騙されていたのでございます。ある偶然の出来事から、わたくしはそれを発見いたしました。夫・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫