・・・口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。「けれども艶福の点において、われわれは樋口に遠く及ばなか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・その笑いが尋常でないのです。生白い丸顔の、目のぎょろりとした様子までが、ただの子供でないと私はすぐ見て取りました。「先生、何をしているの?」と私を呼びかけましたので私もちょっと驚きましたが、元来私の当時教師を勤めていた町はごく小さな城下・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ 一カ月の後、彼女は、別の、色の生白い、ステッキを振り振り歩く手薄な男につれられて、優しく低く、何事かを囁きながら、S町への大通りを通っていた。 虹吉も家を捨てた。六 そして、僕が、兄に代って、親を助けて家の心配をし・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・の肉に気がついた……怒ったような青筋に気がついた……彼の二の腕のあたりはまだまだ繊細い、生白いもので、これから漸く肉も着こうというところで有ったが、その身体の割合には、足だけはまるで別の物でも継ぎ合わせたように太く頑固に発達していた……彼は・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・ここへ色の青い恐ろしく痩せた束髪の三十くらいの女をつれた例の生白いハイカラが来て機関長と挨拶をしていたが、女はとうとうこの室の寝台を占領した。何者だろう。黒紋付をちらと見たら蔦の紋であった。宿の二階から毎日見下ろして御なじみの蚕種検査の先生・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・蟻、やすで、むかで、げじげじ、みみず、小蛇、地蟲、はさみ蟲、冬の住家に眠って居たさまざまな蟲けらは、朽ちた井戸側の間から、ぞろぞろ、ぬるぬる、うごめき出し、木枯の寒い風にのたうち廻って、その場に生白い腹を見せながら斃死ってしまうのも多かった・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫