・・・がこれでまだ、発つ朝に塩瀬へでも寄って生菓子を少し仕入れて行かなくちゃ……」 壁の衣紋竹には、紫紺がかった派手な色の新調の絽の羽織がかかっている。それが明日の晩着て出る羽織だ。そして幸福な帰郷を飾る羽織だ。私はてれ隠しと羨望の念から、起・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・いつでも上等の生菓子を出された。美しく水々とした紅白の葛餅のようなものを、先生が好きだと見えてよく呼ばれたものである。自分の持って行く句稿を、後には先生自身の句稿といっしょにして正岡子規の所へ送り、子規がそれに朱を加えて返してくれた。そうし・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 生菓子をいろいろ、四角で扁平な漆塗りの箱に入れたのを肩にかけて、「カエチョウ、カエチョウ」と呼び歩くのは、多くは男の子で、そうして大概きまって尻の切れた冷飯草履をはいていたような気がする。それが持って来る菓子の中に「イガモチ」というの・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・三人に鵜殿家から鮨と生菓子とを贈った。 酉の下刻に西丸目附徒士頭十五番組水野采女の指図で、西丸徒士目附永井亀次郎、久保田英次郎、西丸小人目附平岡唯八郎、井上又八、使之者志母谷金左衛門、伊丹長次郎、黒鍬之者四人が出張した。それに本多家、遠・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫